第2話 結界停止――「自由」が国を壊し始める②
◆数字が勝ち、国が負けた日
言葉の意味が、遅れて刺さる。
“自由”という祝辞が、今この場では最も残酷な確定だった。
そして、その確定から逃げるように。
「……リュミナ!」
アルベルトが、隣の少女に縋りつくように叫ぶ。
「お前が新しい聖女だろう! やれ! 今すぐ結界を維持しろ!」
貴族たちの視線も、王子の苛立ちも、ぜんぶリュミナへ集まる。
「数字で勝った」勝者に、実演の責任だけがのしかかる。
リュミナは胸に手を当て、得意げに頷く。
「もちろんです、王子様。数値が証明していますもの」
彼女は杖を掲げ、詠唱を始めた。
眩い光が生まれ――次の瞬間、まるで“支え”を失った糸屑みたいに、霧となって散った。
「……え?」
リュミナの瞳が、まん丸に開く。
さっきまで余裕で細められていたその目が、初めて“怯え”を映す。
彼女は笑おうとして、唇だけがひきつった。
杖を握る指先に力が入る。白い手袋が、きしむほどに。
アルベルトが叫ぶ。
「早くしろ、リュミナ……」
「……もう一度ですわ」
自分に言い聞かせるように呟き、リュミナは杖を高く掲げた。
祝祭の光に溶けていた彼女の魔力が、今度は露骨な圧となって大広間を押し潰す。
「聖なる光よ――!」
詠唱が、空気を裂く。
光が生まれた。眩い。熱い。眩惑するほどに――
だが。光は“飛ばない”。
結界炉へ向かうはずの流れが、途中でぷつりと断ち切られ、まるで行き場を失った水が霧散するように、散った。
ぱら、ぱら、ぱら。
落ちてくるのは光の粒だけ。
誰の役にも立たない、舞台装置みたいな輝きだけ。
二度目。
彼女は肩を震わせ、言葉を噛む勢いで詠唱を重ねた。
光が生まれ――また散る。
三度目。四度目。五度目。
回数を重ねるほど、光だけが派手になっていく。
けれど結果は、最初から決まっていた。
結界炉へ繋がる“流路”が、ひとつも開かない。
繋がらない。――違う。
最初から、“道そのものが存在しない”。
「なんで……! 私、魔力量は十倍なのに……!」
勝者のはずの声が、喉の奥で擦れて、泣き声に近い高さへ崩れる。
私は、小さく呟く。
「測れたのは魔力。守れたのは国じゃない」
貴族たちが椅子を蹴り、裾を踏み、後ずさった。
誰もが同じものを見て、同じ結論を飲み込めずにいる。
「供給できない……!?」
「なぜだ」
「適性が違うのか……!?」
「数字だけじゃ……!」
その瞬間、警鐘が“音”を変えた。
ひとつ下の階へ落ちるような、濁った、重い響き。
――二次警報。
結界管理装置が、次の段階へ移った合図。
ざわめきが、言葉にならない。
誰かが息を吸って、吐けなくなる。
音が“危険”を知らせるんじゃない。
二次警報が鳴った瞬間、近くの侍従が銀盆を落とした。
金属音が一度跳ねる。
誰も拾わない。拾う余裕がないんじゃない。
拾っても意味がないと、身体が先に理解してしまったように。
王都の外縁。
魔物避けの膜が薄くなる。
遠くで、獣の咆哮が響いた。
壁の外から届く、現実の音。
空気が震え、肋のあたりが微かに鳴る。
そして――“見える”形でも、追い打ちが来る。
大広間の床。
結界炉と繋がるはずの魔力回路の上に、薄い文字列が滲む。
【結界崩壊まで 04:18】
誰かの魔導石が投影したのか、結界管理装置が自動で出したのか、判別する暇もない。
【警戒段階:二次】
【外縁膜:低下】
数字が、祝祭の空気を刺す。
貴族の“測定値”が信仰なら、これは“終わりの測定値”だ。
そして理解する。“始まっている”と。
十倍を掲げた国に、四分台の数字が“答え”として突き刺さった。
アルベルトが私に向かって歩み寄ろうとして――足を止めた。
彼の足元の床に刻まれた魔力紋が、ひと筋。すっと、消えた。
まるで“王子”の足場だけが、世界から引き剥がされていくように。
「セラフィナ……戻れ」
声が変わる。
命令の音色が崩れ、焦りが混じり、そして――懇願になる。
「今すぐ契約を戻せ。これは国の危機だ」
私は、ほんの少しだけ考える素振りを見せた。
彼の目に一瞬だけ、希望が灯る。
【結界崩壊まで 04:17】
数字が一つ減る。
希望が一つ削れる。
戻す方法は一つだけ。
だが、私は戻らない。
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