表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/46

第27話 国境の証拠――赤い石

「開けなさい」


 私が命じると、護衛が木蓋を跳ね上げた。

 中にあるのは数冊の技術書と、インクの染みた魔導ペン。

 そして数枚の着替えだけ。


「……これだけか? 金目のものは? 聖女としての報酬はどこへ隠した!」


「ありません。私の魔力はタダ同然で使い潰され、報酬はすべて王子の祝祭費に消えていましたから」

「……持ち出したのは私の頭脳と、この指先の技術だけです」


「それも差し押さえますか」

「ならば、今すぐ私の首でも撥ねて、中身を確認してみればいい」

「……どうぞ?」


「嘘をつくな……」


 クレールの声が低く落ちた。

 言い切った直後、視線が荷へ戻る。

 苛立ちの矛先を、言葉じゃなく手順へ移した合図だった。


 兵が木箱の底を探る。布をめくる。角を叩く。

 そのとき――


 ゴトリ。


 硬いものが木に当たる、小さな音。

 布の陰から、赤い石が転がり出た。金の台座。爪留め。夜の松明を拾って、一瞬だけ鈍く光る。


 クレールの目が細くなる。


「……ほら見ろ。これは何だ」


 指で摘まみ上げ、わざと見せつけるように掲げた。


「宝石だ。国外へ持ち出すつもりだったな。国の資産を盗んだ——そういう話になる」


 箱の中身に群がっていた兵の気配が、ぴたりと止まる。

 槍先が、半歩だけ近づく。


 私は動かない。首を晒す真似もしない。

 視線だけで、石を追う。


 ゼクスが一つ息を置き、箱の縁へ手を伸ばした。

 触れない。指で示すだけだ。


「確認します」


 声は静かで、速さがない。


 クレールが鼻で笑う。


「確認も何も、ここから出てきた。お前の荷だろう」


「荷は、我々が用意しました」


 ゼクスは言い直した。


「だからこそ、はっきりさせます。――それは、セラフィナ様の物ではありません」


「言い逃れか」


「言い逃れではない」

 ゼクスは箱の内側へ手を伸ばし、角の継ぎ目を示した。

 釘の頭が新しい。木肌だけが白く、削れた粉が薄く残っている。


「ここは最近、開け直されています。木の匂いも残っている」

「私たちが詰めたときの釘ではない」


 クレールの眉が、ほんの僅かに動いた。

 だが、すぐに押し戻す。声の硬さも崩さない。


「だから何だ。誰の物でも、持ち出しは持ち出しだ。お前たちが持っていた事実は変わらん」


「変わります」


 ゼクスが視線を上げた。初めて、クレールを正面から捉える。


「今この瞬間、あなたは“証拠”を作ろうとしている」

「止めておいた方がいい」


 クレールが剣の鍔に触れた。金具が擦れ、火の明かりが刃に一瞬だけ走る。


「……ゼクス卿、これは脅しか」


「警告です」


 ゼクスは言葉を増やさない。その沈黙が、逆に圧を作る。


「ここで捏造が成立すれば、次は“越境時の犯罪”になります」


 クレールの頬が固くなった。唇の端が一度だけ引きつる。


「……何のことだ」


 ゼクスは窓の外へ視線を流した。門前の暗さ。松明の煙。見張りの影が行き来する、その向こう。


「バルハイムの国境は近い。距離は隊長が一番知っているでしょう」


 クレールが強く返す。


「近いからどうした。ここは王国の国境だ」


「ええ。だから、ここでの判断は残ります」


 ゼクスは続ける。


「今あなたがその石を“盗品”として立件するなら、越境直前の拘束理由は“王国側が作った”と残る。バルハイムが求めるのは、その一点です」


「バルハイムが……だと?」


 そこで、私が口を挟んだ。

 声の高さは変えない。速さも変えない。揺れる火の中で、言葉だけを真っ直ぐ通す。


「信号弾を上げれば、あちらは来ます」


 松明がはぜる音に被せるように言う。


「ここからなら、十分に確認できます。門前で何が起きたか——隠せません」


「お前に戦ができるとでも?」


「私が戦う必要はありません」


 クレールが鼻を鳴らした。

 見下す調子を崩さないふりをしながら、目だけが周囲を測っている。


「高々国境の警備ごときで、何ができる」


 ゼクスが、間を与えずに継ぐ。


「あなたは“警備”のつもりで触れている。だが、これは外交案件です」


 視線を上げないまま、淡々と言い切った。


「まさか私が、何の準備もなしに他国へ来たとでも」

「私はバルハイムの全権大使としてここにいます」


「はったりだ」


 私は窓の縁へ手を置く。外へは出さない。示すだけだ。

 必要なのは戦いじゃない。

 合図が届く距離と、時間の猶予――それだけだ。


「時間を作れれば十分です。味方が来るまでの、時間だけ」

「これでも、私は聖女でした。防御結界くらいは、数時間は持ちます」


 槍の軸がきしむ。兵の呼吸が浅くなる。

 誰かが唾を飲み込み、鎧の継ぎ目が小さく鳴った。

 クレールの目が、宝石から私へ戻る。戻って、離れない。


「……追跡は続いている。近衛も動いている」


 言い方が変わった。命令ではなく、脅しに寄せた声だ。

 だが、その脅しの中に、確かに焦りが混じる。


「国境を一歩でも出れば、そこから先は野盗に襲われようと我らは知らん。責任は取らん」


 ゼクスは頷かない。

 代わりに、荷の中身に触れない。


 ここで、ようやく紙を出す。

 最後の線として、より確実な一枚。


 ゼクスが懐から取り出したのは、薄い指令書だった。

 窓の隙間へ、折り目のないまま滑らせる。

 火に照らされ、紋章が先に見える。シュバリエの刻印。


「越境保護に関する指令です」


 声は淡いが、内容は硬い。


「シュバリエの紋章が入っている。——境界を越えた追跡は、領土侵犯として扱われます」

「あなたたちの国王の署名も入っています」


 クレールが息を呑む。

 宝石を握っていた指が、わずかに緩んだ。


「……そんな指令書が……」


「あるから、出しました」


 ゼクスはそれ以上言わない。

 紙だけが答えになるように、言葉を切る。


 クレールは指令書と宝石を見比べる。

 自分が作りかけた“理由”が、逆に自分の首へ巻きつくことを、遅れて理解する。


「――追跡は自由です」

「国境線を越えた瞬間、領土侵犯として確定します」

「どちらを選択しますか」


「外交問題に……本気でするつもりか!」


「外交問題に“する”のではありません」


 ゼクスが言い直す。


「あなたがここで権限の外へ踏み込んだ瞬間に“なる”。それだけです」


「私が帰らなければ、バルハイムは軍を派遣するでしょう」

「結界の消失した国など、問題にもなりません」


 私は窓を閉める寸前、最後の一言だけ残す。


「もうおわかりですね、隊長。通して王都に叱責されるか」

「止めて、火種を作った責任者として記録されるか」


 松明の音と、クレールの荒い呼吸だけが鳴った。


 やがて彼は窓枠から拳を離し、背後の兵へ片手を挙げる。


「……チッ。通行を許可する。バルハイムの馬車だ。一刻も早く視界から消せ!!」


「ベンデル卿への確認もしろ」



 槍が引かれ、重厚な鎖が落ちる音が夜の底に響き渡る。

 馬車が動き出し、車輪が「国境」という名の冷たい石の境目を踏み越えた。


 車内に滑り込む空気が、不自然なほど軽くなる。

 門が背後へ流れていき、王都の腐った残り香は、夜風にかき消された。


 ゼクスが書類を揃え直し、私を真っ直ぐに見た。


「……経緯は、理解しました。彼らがあなたに何を強いてきたのかも」


 私は頷かなかった。ただ、膝の上で握りしめていた拳を、ゆっくりと解く。


「……警告は出しました」

「――彼らは、一度も受け取らなかった」


 背もたれに深く寄りかかり、喉の奥に溜まっていた熱を、静かに外へ出す。


「あれが、あの国の選んだ答えです。……もう、こちらが何を言っても、届きません」


 ゼクスが暗闇の中で、わずかに口角を動かした。

 慰めの笑いではない。評価の合図だ。


「私が持ち帰りたいのは、あなたの魔力だけではありません。その、無能を切り捨てる判断力です」


「共にバルハイムを強くしましょう。セラフィナ様」


 その響きに、誰かを道具として扱う冷たさはなかった。

 命令でも、保護でもない。隣に立て、と言っている。

 そう理解した瞬間、胸の奥で固まっていたものが、少しだけほどけた。


「……ええ」


 私はゼクスの瞳を見つめ返し、笑うほどでもない小さな形で口元を整えた。


「今夜の責任は、あの方たちに――一生かけて、利子付きで返していただきます」


 そして、言葉を境界にする。


「二度と、この線を越えさせない。……そうでしょ、ゼクス様」


「ええ」

「何一つ、越えさせません。約束します」


 その返事が、私の新しい世界の最初の境界線になった。



 ゼクスが窓の外へ視線を投げる。門が遠ざかり、灯りの列が闇にほどけていく。

 “国”という言葉を、彼は責任逃れの盾にしなかった。

 ただ、同じ重さで引き受ける目をしている。


 私はようやく息を吐いた。握っていた指先の力が、遅れて抜ける。


「……さっきの。隊長の矛先を、ベンデル卿へ向けさせたのは」


 ゼクスは頷かず、返す。


「承認の部署を言わせただけです」

「重要資産保護命令の発令元は結界維持局――責任者はベンデル卿」

「そこが見えた瞬間、隊長は押し切れない」


「追い詰められた人間は、声を張る。そして崩れる……」


 馬車は石畳を離れ、土の道へ入った。揺れが変わり、風の匂いが乾いていく。

 バルハイムの国境は、もうすぐだ。


 そのとき、背後の国境の方角で馬が鳴いた。

 続いて、蹄が石を叩く忙しない音。数が多い。近づいてくる。

読んでくださり、本当にありがとうございます!

皆さまからいただく感想や応援が、この作品を前へ進めるエネルギーになっています。


「面白そう」「続きが気になる」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ 「ブクマ」や「評価」 をポチッとしていただけると、とても嬉しいです!

感想は一言でも大歓迎です、それだけで物語の未来が大きく変わります。


これからも、さらに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、どうぞ応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★▼短編版はこちらから読めます!★
↓タイトル押すと作品サイトに飛びます★↓

『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ