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第26話 ――荷を開けろ

 ゼクスが、そこを逃がさない。声は低く、区切りが明確だ。


「隊長。あなたが今ここで人を降ろせる根拠は、“重要資産保護命令”だけです」


「ですが――その命令が守ろうとしている“資産”が、いまこの瞬間に誰のものか」

「そこが王家でないかぎり、あなたは手を出せない」


 ゼクスは紙面の署名位置だけを見せた。


「婚約破棄の宣言と、その記録。殿下の署名」

「これが成立した時点で、王家が“聖女セラフィナ”に掛けていた拘束の根拠は切れています」


 クレールが噛みつく。


「だから何だ! 連れ戻せば――」


 ゼクスは遮らず、言葉だけを揃える。


「連れ戻したい、は理由になります。ですが“ここで拘束できる”にはなりません」


「必要なのは保護命令ではなく、身柄確保の権限と手続きです」

「やるなら、書面で出してください。この場で通る権限を」


「あなたが持っているのは“資産”という呼び名だけです。その呼び名は、殿下の宣言で切れています」


 クレールが歯を鳴らした。


「それでも王家は命令を出した! 戻せば結界は――」


「戻せば、ですか」


 私が挟む。声は軽くしない。


「隊長。結界が止まったから命令が飛んだ。順番が違うのです」

「止まった原因を作ったのは、いまあなたが持ち上げている王家の側です」


 クレールが怒鳴りかけるが、ゼクスが次を出す。紋章と宛名が見える位置だけを見せる。


「第二に。バルハイム王国の招聘状です」

「彼女を“国賓として受け入れる”旨が明記されています」

「我が国の国王の署名も入っている」


 紙の厚みで威圧しない。読ませる場所だけを、見せる。


 クレールが鼻で笑う。


「バルハイム王国だろうが何だろうが、王家の命令が――」


「命令は“上”のものです」


 ゼクスは淡々と、言い直す。


「ですが、あなたがここで彼女を“賊”として扱えば、王家の命令ではなく、あなたの現場判断として記録されます」

「国境はそういう場所です」


 ゼクスの指先が、余白ではなく“欄”を押さえた。

 視線は上げない。相手の顔色ではなく、書式の順序だけを崩さない。


「先ほどの殿下署名の下に、実務の責任者名が入っています」


 名を読ませるように、指をずらす。


「ベンデル卿。結界と聖女の実務を握っている人物です」


 クレールが眉を寄せる。


「関係ない。殿下の――」


「関係あります」


 ゼクスは遮る。声は低いまま、区切りだけを速くする。


「殿下が署名したのは“誓いを鍵として登録する意思”です」

「だが、登録は意思だけでは完了しない。この下――実務者の承認が必要です」


 指先が、承認欄の印影を押さえる。


「婚約指輪を鍵として登録。破棄された瞬間に鍵は失効する」

「何が起きるか。誰より分かっているのがベンデル卿です」


 言い切る。


「彼は、それを承認した」


 指は欄から離れない。逃げ道を与えない位置だ。


「止める手段はいくらでもあった」

「儀式の記録が未了だ、照会が必要だ」


 クレールが噛みつく。


「だが止めなかったのは殿下だろう!」


「殿下は悪い。愚かだ。儀式で破棄を口にした」


 ゼクスはそこで言葉を切り、次を落とすように続ける。


「だが、その裏で“失効する形”を作ったのはベンデル卿です」

「そして、重要資産保護命令」

「出したのは、何処ですか」


 クレールが眉を寄せたまま答える。


「……結界維持局だ」


「ええ」

 ゼクスは続ける。


「結界維持局の責任者は、ベンデル卿です」


「だから、どうした」


 クレールが声を上げる。


 ゼクスは話を逸らさない。


「失効を承認した人物が、彼女を“重要資産”として縛る命令を出している。――矛盾です」

「だから今、国境であなたがその始末を負わされる」


 そう言って、ゼクスは承認欄の脇へ指先を移す。

 印影の下、日付の行だ。


「殿下の署名のあとに、承認が入っている」

「止められた。だが止めなかった」


 クレールの頬が強張る。


 さらに踏み込む。ここは容赦しない。


「ここで彼女を掴んだ瞬間、隊長の責任になります」

「王都はこう言う。『現場が暴走した』と」

「……言えるように、矛盾が現場へ回っている」


 クレールが怒鳴りかける。


「……証拠は――!」


「証拠は、この並びです」


 ゼクスは、窓の見える位置を保ったまま、積む。


「殿下の署名――鍵登録の意思」

「ベンデル卿の承認――登録の成立と失効条件の確定」

「結界崩壊」

「重要資産保護命令――拘束命令」


 声は低いまま、最後だけ硬くなる。


「ベンデル卿の仕事は、国を守るために止めることです」

「止めなかった。通した」


 クレールの口が止まる。怒鳴れば怒鳴るほど、自分が押し付けられた側だと露呈する。


 ゼクスは畳む。


「確認なら取ればいい。ただし返事が来るまで、この列は一歩も動かない」

「詰まりも混乱も――止めた責任は、あなたが負う」


 クレールが噛みつく。


「なら、ベンデル卿に確認を取る! 今ここで——」


 言い切る前に、ゼクスが被せた。


「取れません。あなたの権限では、この場で返事を引き出せない」

「動くのは書面です。口頭では一歩も進まない」


 クレールが苛立って言い返す。


「王立国境守備隊長だぞ!」


「だからこそです」


 ゼクスは声を上げないまま、念を押す。


「隊長の仕事は、この場の安全と照合まで。印を動かすのは王都だ。踏み込めば、独断になる」


「……っ」


 王家は、責任の押し付け先をいつも探している。隊長がそれを知らないはずがない。


 ゼクスは続ける。


「王家命令と言うなら、命令を明確にしてください。明確にできないなら、止める根拠はあなたの判断になる」


 クレールの視線が揺れる。槍の先がわずかに下がり、兵の呼吸が乱れる。


 追い打ちをかけるのは、私の番だ。

 笑いは薄い。


「なら、なぜ王家は裁定を下した? なぜ破棄した?」

「あなたの主君が、自分で“戻らない形”を作ったのです」

「ここで私を引きずり出しても、あなたが持ち帰るのは“責任”だけです」


 クレールが激昂し、腰の剣を半分引き抜いた。


「抜かせ! 貴様さえ戻れば結界は直る! 民の命がかかっているのだ、外交問題など後でどうとでもなる!」


「……民の命、ですか。どの口がそれを」


 私はさらに冷たく、視線を向けた。


「私が結界を維持していた数年間、あなた方は『命』を盾にして私を働かせ続けた」


「王子が遊び歩いている間も、私は眠らずに回した。

 あなたは知っていたはずです。――それでも、いま“民の命”を口にしますか」


「それは……」


「あなた達が今やろうとしているのは、正義ではない。自分の管理下で『重要資産』を逃したという失態を、私の自由を奪うことで塗り潰そうとしているだけ」

「……醜いですね。その軍服が泣いています」


「貴様ぁッ!!」


 クレールが剣を完全に引き抜こうとした瞬間、ゼクスが氷のような声で釘を刺した。


「引きなさい。今、刃を向けた相手は、我が国の国賓だ」

「その一線を超えれば、あなたは守備隊長ではなく、歴史に名を残す『亡国の戦犯』として、あなたの王都から真っ先に切り捨てられることになる」


「……っ」


 クレールの手が止まる。


 王都の混乱を知っているからこそ、彼は理解してしまった。

 もしここで強行し、バルハイムとの戦争の火種を作れば、無能な王家はすべての責任を「独断で動いた守備隊長」に押し付けるだろう。


 クレールは逃げ道を探すように、話題をすり替えた。


「……荷だ! 荷を開けろ! 王国の機密、あるいは国宝を盗み出していないという保証はない!」

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