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【連載版】婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。『あざといラフィナの復讐記』  作者: カイワレ大根


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第2話 結界停止――「自由」が国を壊し始める①

「……何だ?」

 

王子の苛立ち声が落ちた瞬間、大広間の“明るさ”が、もう一段だけ薄くなった。

 消える。というより、引き抜かれる。

 誰かが背中から熱を抜かれたみたいに、光が痩せていく。


 ぱちり。

 先ほど消えた灯りの隣で、もう一つが落ちた。

 ぱち、ぱち。

 間を置かず、宝石灯が消える。

 天井画の星屑が、順番に消されていく。


 ざわめきが広がるより先に、人々の息が同時に詰まった。


「そんな……」

「冗談でしょう……?」


 誰かが笑いに変えようとして、声が裏返る。

 奏楽隊の音が途切れた。

 弦を擦るはずの動きが止まり、余韻だけが空中で迷う。

 音楽の“綺麗さ”が、急に嘘みたいに軽くなる。


 香りも、薄れる。

 濃いはずの花と酒が、空気の奥へ引いていく。

 更新されていた匂いが、更新されなくなる。


 ――そして、王子の手元が光った。


 否。

 光っていたものが、光らなくなった。

 王子の婚約指輪。

 そこに嵌められた宝石が、ふっと色を失った。

 さっきまで燦々と場の中心にいた“王家の輝き”が、濁る。


「……っ」


 王子が無意識に指輪へ視線を落とす。

 それだけで、貴族たちの目も同じ場所へ吸い寄せられた。


 細い、嫌な音がした。

 石の表面に、ひびが走る音。

 パキ、ではない。

 もっと小さく、乾いた、爪で裂くような音だ。


 宝石の中に、黒い線が一本。

 二本。

 蜘蛛の巣のように広がっていく。


 王子が指輪を外しかけて、止まる。

 外した瞬間に“何かが確定する”と本能が告げたみたいに。


 そのときだった。


 ゴォォ……。

 低い音。胸の奥まで押し込んでくる重さ。

 鐘の音というより、巨大な装置が唸る音だった。


 大広間の壁のどこか――見えない位置から、結界管理装置の異常警告が鳴り始める。


 ゴォォ……ゴォォ……。

 一回ごとに、床が微かに震える。

 石床の下で、魔力の循環が乱れている。

 それが“音”になって、空気を押し潰す。


 貴族たちのざわめきが、悲鳴へ変わるまでに、時間は要らなかった。


「警鐘……?」

「まさか、結界が……」


 言葉の最後が、音に飲まれる。


 ゴォォ……。

 鳴るたびに、灯りが弱くなる。

 鳴るたびに、笑い声が消える。

 鳴るたびに、祝祭が“祝祭でいられない”表情になっていく。


 王子が顔を上げる。

 その目は、怒りより先に、理解できないものを見る目だった。


「おい……誰が、止めろと言った」


 しかし、止まらない。

 止まるのは、こちらの方だった。

 大広間の光。王家の指輪。

 そして、国を支えるはずの装置の、低い警告。


 ズゥゥゥ……。

 音が、もう一段、深くなる。


 グォォ……という低い唸りが、途切れずに大広間を押し潰していた。

 誰かが息を吸うだけで、音に引っかかって咳き込む。


 王子は指輪を握り締めたまま、私を見た。

 怒りが先に来る。いつも通り、命令が先に来る。


「――何をした!」


 声は大きいのに、唸りに削られて歪む。

 王子の声が、装置の警告に負けている。

 それだけで、貴族たちの顔色が変わった。


「今すぐ元に戻せ! 結界が揺れている……! 王都が――」


 言葉の最後が、床の震えに飲まれた。

 石床の模様が、ひと呼吸ぶんだけ脈打つ。

 細い魔力回路が走っていた部分が、淡く光って、すぐ消える。


 ジジ……ッ。

 焼ける音。

 どこかで、回路が無理に流れを受けて焦げている。


 貴族の一人が悲鳴を上げた。

「床が……!」


 別の者はシャンデリアを見上げ、言葉を失う。

 煌めきが鈍り、光が“重く”なっていく。


 王子はそれを見て、さらに声を荒げた。


「セラフィナ! お前の仕事だろう! 聖女の義務だ!」


 義務。

 その言葉が場を支配しようとして――支配できない。

 唸りが、また深くなる。


 私は膝を折ったままではない。

 立っている。けれど一歩も前に出ない。

 距離を詰めない。感情の舞台に乗らない。


「……何もしていません」


 私の声は小さかった。

 小さいのに、妙に通った。

 装置の唸りの隙間に、刃物みたいに滑り込む。


 王子の眉が跳ね上がる。


「嘘をつくな! 灯りが消えた! 指輪が――っ!」


 王子が指輪を掲げる。

 宝石は濁り、ひびが増えていた。光は戻らない。

 王家の象徴が、ただの石へ剥がれ落ちる途中だった。


「……ただ」


 私は首を傾げた。

 挑発ではない。哀れみでもない。

 本当に“確認するだけ”の仕草。


「契約が、解除されました」


 その言い方は、告白ではなく報告だった。

 紙に書く事務連絡みたいな温度で、私は事実だけを告げる。


 一瞬、場が静まりかける。

 そしてすぐ、悲鳴が押し寄せた。


「契約……?」

「まさか、結界の……?」


 床がもう一度、震える。

 今度は分かりやすく、石の中を何かが走った。


 ジジジ……ッ。

 焼ける音が長くなる。

 光っていた回路の線が、黒ずんでいく。

 魔力循環が乱れているのが、“見える形”になっていく。


 王子は一歩踏み出した。

 いつもなら、その一歩で全員が黙る。

 だが今回は違う。


 護衛が出ない。

 前に立つはずの影が、王子の前に生まれない。

 代わりに、視線だけが出口へ滑る。


 近侍の一人が口を開きかけ――閉じた。

 頷くより先に、足元を見た。

 床の一部が、王子の一歩に合わせて、かすかに沈んだのを確かめてしまった顔だった。


 ほんの数ミリ。

 それだけで、王子の顔から血の気が引いた。


「……何だ、これは……」


 怒りが、怖さへ変わる瞬間。

 しかし王子はそれを認めない。認められない。


「お前がやったんだろう! 今すぐ戻せ! 命令だ!」


 背筋に、短い冷えが走った。

 それでも私は、目を逸らさない。


 命令。

 けれど、その言葉にはもう“効力”がない。


 私は、王子の目を見たまま、言う。


「命令は、契約の中にしかありません」


 ――床の震えが収まる前に、私はゆっくりとアルベルトへ視線を向けた。

 怒りでも、涙でもない。

 言い返しの“感情”を用意する時間すら、ここには残っていない。


「王家と聖女の契約は、“婚約”を鍵にして結ばれています」


 ざわめきの中、言葉だけが妙に澄んで落ちる。

 貴族たちの顔が、意味を理解する前に固まっていくのが見えた。


「婚約者である私が供給する魔力は、結界炉へ流れ続けてました」


 空気の温度が一段、下がる。

 魔力循環が乱れたシャンデリアが、不規則に瞬く。

 その光が、今度は“焦り”の色に見えた。


 私はそこで一拍だけ区切り、言い切る。


「だから、あなたが婚約破棄を宣言した時点で――鍵が外れた」


『義務』という言葉に、誰も救われない。

 貴族の一人が口を開きかけて、すぐ目を逸らした。

 味方に回れば、次は自分だと気づいたからだ。


 私は、微笑む。

 嘲りじゃない。慰めでもない。

 ただ、事実を置くだけの表情。


「おめでとうございます。自由です」

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
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