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第18話 上がる。だが、繋がらない

 馬車が前へ出た。

 だが、すぐに速度が落ちた。

 国境の灯は近い。


 向かいの席で、ゼクスが書類束を開いた。

 紙が擦れる音が、車内ではっきり聞こえた。


「……もう一つ、伺います」


 ゼクスは顔を上げないまま言った。


「あの新しい聖女は、なぜ結界炉へ繋がらなかったのですか」


 私は窓の外を見た。


 灯りの下で札が受け渡され、照合のために奥へ運ばれていく。

 列は進んでは止まり、また進む。

 国境は見えているのに、距離はなかなか縮まらない。


 札が奥へ消えたのを見て、私は口を開いた。


「数値を出すことはできます」


 そこで一度止める。


「ですが、結界炉へは繋がりません」


 ゼクスの指が、封蝋の縁で止まった。


「……誰が、その訓練を求めたのですか」


 私はすぐには返さなかった。


 ここで名を出せば、その名が争点になる。

 今必要なのは、誰が悪いかではない。

 結界炉へ繋がらなかった理由を、先に固定することだ。


 私は視線を落とした。


 頭に浮かんだのは、測定局で跳ね上がった針だった。


「その場で評価されたのは、結界炉へ届いたかどうかではなく、測定器の数字ですね」


 ゼクスが確かめる。


 私は頷いた。


「はい。針が上がることだけが、正しいものとして扱われました」


 馬車がわずかに動き、すぐ止まる。

 外で縄が張り直され、金具が鳴る。


 ゼクスが続けた。


「では、なぜ結界炉は反応しなかったのか。そこを教えてください」


 私は測定局の白い床を思い出した。


 私が初めてリュミナと顔を合わせたのは、王宮の奥にある測定局の小広間だった。


 大広間のような飾りはない。

 白い床。

 刻印の入った円陣。

 壁際に並ぶ測定器。


 その横には、練習用の測定筒がいくつか置かれていた。

 本測定に使うものではない。

 魔力の出方を確かめるための、小さな筒だ。


 静かで、読み上げる声がよく響く場所だった。


 扉が開いた時、リュミナは胸の高さに透明な測定筒を抱えていた。

 中で淡い光が揺れ、針が落ち着かない。


 彼女は私を見る前に、それを掲げた。

 相手の顔ではなく、数値を先に差し出す。

 それが、彼女の自己紹介だった。


「ご覧になって?」


 記録係が読み上げる。


「測定値、1763」


 リュミナが微笑む。


「ほら、六倍ですの」


 周囲の侍女や補佐役が、小さく息を呑んだ。

 その反応だけで、場の空気が変わる。


 この場が欲しがっているのは、結界を支える聖女ではない。

 反対する者を黙らせる数字だ。


 私は笑わない。

 褒めもしない。


 見たのは、測定筒の針だ。


 上がり方。

 戻り方。

 光が残る時間。


 勢いはある。

 出力もある。

 だが、長く保つ流れではない。


「ええ」


 私は短く答えた。


「最大出力は、あります」


 それだけ告げた。


 リュミナの目が、ほんの少しだけ細くなる。

 欲しかった言葉ではなかったのだろう。


 それでも、彼女はすぐに笑みを戻し、測定筒をもう一度こちらへ見せた。


「でしたら、もう結界も――」


 言いかけたところで、周囲が止めた。


 まだ正式ではない。

 まだ早い。


 そういう空気だけが広がる。


 私は測定筒から視線を外した。


 求められているのは、結界炉へ繋ぐ流れではない。

 測定器の針が跳ねる形。

 短く、一目で分かる結果だ。


「では、あなたに合う訓練をしましょう」


 リュミナは嬉しそうに頷いた。


 訓練は、測定器の前で始まった。


 難しい陣は使わない。

 長い詠唱もさせない。

 床の刻印円の中心に立たせ、測定器へ魔力を向けさせる。


「これを」


 私は一度だけ息を吸って見せる。


「一息で」


 長く整える訓練ではない。

 測定器へ、短く魔力を当てる。


「短く。途中で整えようとしないでください」


 リュミナは息を吸い、一息で魔力を放った。


 白い光が丸く広がり、すぐに薄れる。

 床の刻印円は一度だけ光り、すぐに消えた。


 測定器の針が跳ね上がる。


「測定値、2095」


 周囲がざわめく。


「今の短さで……」

「七倍……!」


 リュミナは笑った。

 認められたと思ったのだろう。


 私は褒めない。

 否定もしない。


「ええ。上がりました」


 それだけで、リュミナには答えになった。


 だが、床の刻印円はもう消えている。

 壁際の炉側表示も動いていない。


 誰も、そちらを見ない。


 測定値は上がった。

 歓声も出た。

 リュミナも満足した。


 だが、結界炉は何も受け取っていない。


 私はその二つを見比べた。


 上がる。

 だが、繋がらない。


 求められたものだけを、私は渡した。

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
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