第1話 祝祭の夜、聖女は“不要”と告げられた
※ 本作は連載版です。短編が好評だったの連載を開始しました。
第1話 祝祭の夜、聖女は“不要”と告げられた
金糸のカーテンが揺れるたび光が走り、天井の宝石が星みたいに瞬く。
奏楽の甘い余韻は壁に貼りつき、花と酒と焼き菓子の温い香りさえ、空気の流れで絶えず循環される。
グラスは冷えたまま、湯気は熱を抱えたままだ。誰かが常に支えている温度だ。
ここは王都の中心。結界が守り、人々を甘やかす場所。
守りの余剰が贅沢と優雅さの象徴として噴き出し、大広間そのものが巨大な魔導具のように振る舞っている。
――浪費だ。
そう感じるほどの余裕。そして、それが当たり前として扱われていることが何より恐ろしい。
私はグラスの縁に触れて、冷たさが“保たれている”のを確かめた。
笑い声は酒の香りに溶けて揺れる。
「今夜は一段と明るい」
「祝祭に相応しい」
「さすが王家」
――軽い言葉が軽いまま通り、誰も“支え”の存在を疑わない。
その中央で、私はひとつ、膝を折った。
「聖女セラフィナ。貴様との婚約を、ここに破棄する!」
第一王子アルベルトの声が、大広間の旋律を真っ二つに裂いた。
弦の音が一拍だけ遅れて震え、笑い声が途中で止まる。香りの流れまで、そこで引っかかったみたいに空気が固まった。
視線が一斉に集まる。
――集まったのは私に、ではない。
“この場の正解”を言い当てる者が誰か、貴族たちが確かめるような目だった。
息を呑む者。
笑いを堪える者
。期待で口角を吊り上げる者。
祝祭の熱に浮かれた表情が、いまは同じ表情へ揃っていく。
断罪は娯楽。
結末は最初から決まっている。そんな空気が、肌を刺した。
アルベルトは私の横に立つ。
立っただけで、場が“王子の側”に傾く。
光るドレスの揺らめきも、香りの更新も、彼の一言に従うみたいに整っていく。
「理由は明白だ。お前は無能。聖女としての魔力が低すぎる。国家の象徴を名乗る資格はない」
無能。低い。資格がない。
言葉は単純で、だからこそ刺さる。
複雑な事情や積み上げは関係ない。ここでは“数字”がすべてを裁く。
数字が大きいほど、王家の格も上がる――だから王子は、数字を信じる。
そして、待っていましたと言わんばかりに、王子は手を伸ばした。
その先にいる少女を、堂々と壇上に招き寄せる。
「新たな聖女は、こちらだ。リュミナ。魔力量測定値、セラフィナの十倍」
ざわめきが、熱を帯びる。
「十倍」――その二文字が、宝石より眩しい価値として場に散った。
貴族たちの目は、私を見ていない。数字を見ている。
十倍という札が貼られた“新しい象徴”を、値踏みしている。
リュミナは、一歩前へ出た。
背筋はまっすぐで、笑みは柔らかい。だがその柔らかさは、人を包むためではなく、勝者として余裕を見せるためのものだった。
彼女は私を見下ろさない。見下ろす必要がないのだ。
すでに場が、彼女を“正しい側”に置いている。
「ご安心くださいませ。結界は、私が維持いたします」
「……数字だけが、私を救ってくれましたの。だから数字は、裏切りません」
歓声にも似た拍手が起こりかける。
だが拍手より先に、貴族の誰かが囁く。
「やはり測定器は正しかった」
「数値は嘘をつかない」
「これで王都は安泰だ」
――数値は嘘をつかない。
その信仰が、この国の結界と同じくらい厚く、人々の思考を覆っていた。
私は膝を折ったまま、顔を上げない。
上げれば、目に入るのは勝者の笑みと、数字に熱狂する群れだ。だから、黙っていた。
沈黙は、弱さとして扱われる。
俯く姿は、“負け”として消費される。
この場にとって、私はもう物語の障害物でしかない。
アルベルトが、最後の一押しをするように言う。
「聞こえたな。お前は不要だ」
そして、私を“人”ではなく“機能”として扱う声が続く。
「――退場しろ、セラフィナ」
その言葉が落ちても、私はすぐには動かなかった。
大広間の光は相変わらず眩しく、奏楽の余韻は壁に張りついたままなのに、場の温度だけが一段下がっている。
膝を折ったまま、私はゆっくりと呼吸を整える。
呼吸の音が聞こえないように。喉が震えないように。
誰かが望んでいるのは“取り乱す姿”か、“泣き崩れる姿”か、そのどちらかだ。
だから私は、どちらも与えない。
静かに顔を上げた。
真正面には第一王子。
その背後に、数字に酔った貴族たち。
そして、新しい聖女として掲げられた少女――リュミナの、勝者の微笑。
私はそのすべてを一度だけ見て、視線を王子に戻す。
目を逸らさない。睨みもしない。
ただ、確認するための目。
「……本当に、よろしいのですね」
声は小さかった。
大広間の豪奢な響きの中では、あまりに静かすぎる声。
それでも、王子には届く。届かせる距離だ。
一拍。
貴族たちが、勝ち誇ったように言葉を告げる。
「往生際が悪い」
「……終わった」
「早く消えろ」
そんな言葉が、囁きとして流れる。
王子は、その囁きに頷くように口元を歪めた。
まるで、こちらの確認が“泣き言”だと決めつけるように。
「当然だ」
アルベルトは手を振った。虫を払うみたいな、軽い仕草だった。
それだけで“終わり”が確定し、空気がまた勝者側へ傾く。
「お前はもう、この国の聖女ではない。婚約も、契約も、すべて無効だ」
続けて、追放の言葉が落ちる。
「王宮から出て行け。……いや、この王都から消えろ」
命令口調。義務。服従。
この国が私に与えてきた役割の、最後の形。
私は反論しない。泣かない。
ただ一度だけ、瞼を伏せる。
「……承知いたしました」
その瞬間、口角だけが、ほんの僅かに上がった。
見えない。見せてはいけない。
その返事が“従順”に聞こえるほど、場は満足した。
貴族たちは、もう次の話題へ移ろうとしている。
奏楽隊も、どこから再開すべきかを測りかねて、音を探している。
私は立ち上がる。
スカートが、遅れて揺れた。
そして――私は踵を返した。
背中に、視線が刺さる。けれどもう、振り返らない。
一歩。
大広間の光が、変わった。
ほんの一瞬――“何かが噛んだ”ように、リズムがずれる。
次の瞬間。
ぱちり。
祝祭の魔法灯が、“ひとつ”消えた。
糸が切れるみたいな小さな音。
空気が冷えた気がして、眩しさがわずかに薄くなる。
笑いかけた誰かが止まり、弦の指先が迷う。
香りの流れが途切れ、宝石灯の光が揺れた。
天井画の星屑みたいな輝きが、ふっと滲み、次の瞬間に戻る。戻りきらない。
「……?」
短い声が上がる。
別の灯りが弱くなる。消えはしない、ただ薄い――遠ざかったみたいに。
刺繍が一段暗く見え、髪飾りの石も瞬いているのに弱い。
グラスの冷たさが刺さらなくなり、遅れて気づいた者ほど止まり、気づいた者ほど見回す。
そして王子の声が落ちた。
「……何だ?」
苛立ち。
見えない不具合に対する、支配者の苛立ち。
その一言の直後、遠くで――ほんの、低い軋みがした。
床の下か、壁の奥か。金属が擦れるような、嫌な音。
誰かが「今の……」と言いかけて、飲み込む。
私は足を止めない。ただ、扉へ向かう。
手を掛けた瞬間、背後でまた小さく、ぱちり、と糸が切れた。
祝祭の光が“当たり前”でなくなった、その最初の瞬間が始まる。
私は理解する。これで“戻せ”は、もう命令にならない。
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