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【連載版】婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。『あざといラフィナの復讐記』  作者: カイワレ大根


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第1話 祝祭の夜、聖女は“不要”と告げられた

※ 本作は連載版です。短編が好評だったの連載を開始しました。

 第1話 祝祭の夜、聖女は“不要”と告げられた


 金糸のカーテンが揺れるたび光が走り、天井の宝石が星みたいに瞬く。

 奏楽の甘い余韻は壁に貼りつき、花と酒と焼き菓子の温い香りさえ、空気の流れで絶えず循環される。


 グラスは冷えたまま、湯気は熱を抱えたままだ。誰かが常に支えている温度だ。

 ここは王都の中心。結界が守り、人々を甘やかす場所。

 守りの余剰が贅沢と優雅さの象徴として噴き出し、大広間そのものが巨大な魔導具のように振る舞っている。


 ――浪費だ。


 そう感じるほどの余裕。そして、それが当たり前として扱われていることが何より恐ろしい。

 私はグラスの縁に触れて、冷たさが“保たれている”のを確かめた。

 笑い声は酒の香りに溶けて揺れる。


「今夜は一段と明るい」

「祝祭に相応しい」

「さすが王家」


 ――軽い言葉が軽いまま通り、誰も“支え”の存在を疑わない。


 その中央で、私はひとつ、膝を折った。


「聖女セラフィナ。貴様との婚約を、ここに破棄する!」


 第一王子アルベルトの声が、大広間の旋律を真っ二つに裂いた。

 弦の音が一拍だけ遅れて震え、笑い声が途中で止まる。香りの流れまで、そこで引っかかったみたいに空気が固まった。

 視線が一斉に集まる。


 ――集まったのは私に、ではない。

 “この場の正解”を言い当てる者が誰か、貴族たちが確かめるような目だった。


 息を呑む者。

 笑いを堪える者

 。期待で口角を吊り上げる者。


 祝祭の熱に浮かれた表情が、いまは同じ表情へ揃っていく。

 断罪は娯楽。

 結末は最初から決まっている。そんな空気が、肌を刺した。


 アルベルトは私の横に立つ。

 立っただけで、場が“王子の側”に傾く。

 光るドレスの揺らめきも、香りの更新も、彼の一言に従うみたいに整っていく。


「理由は明白だ。お前は無能。聖女としての魔力が低すぎる。国家の象徴を名乗る資格はない」


 無能。低い。資格がない。

 言葉は単純で、だからこそ刺さる。

 複雑な事情や積み上げは関係ない。ここでは“数字”がすべてを裁く。

 数字が大きいほど、王家の格も上がる――だから王子は、数字を信じる。


 そして、待っていましたと言わんばかりに、王子は手を伸ばした。

 その先にいる少女を、堂々と壇上に招き寄せる。


「新たな聖女は、こちらだ。リュミナ。魔力量測定値、セラフィナの十倍」


 ざわめきが、熱を帯びる。


「十倍」――その二文字が、宝石より眩しい価値として場に散った。

 貴族たちの目は、私を見ていない。数字を見ている。

 十倍という札が貼られた“新しい象徴”を、値踏みしている。


 リュミナは、一歩前へ出た。

 背筋はまっすぐで、笑みは柔らかい。だがその柔らかさは、人を包むためではなく、勝者として余裕を見せるためのものだった。


 彼女は私を見下ろさない。見下ろす必要がないのだ。

 すでに場が、彼女を“正しい側”に置いている。


「ご安心くださいませ。結界は、私が維持いたします」

「……数字だけが、私を救ってくれましたの。だから数字は、裏切りません」


 歓声にも似た拍手が起こりかける。

 だが拍手より先に、貴族の誰かが囁く。


「やはり測定器は正しかった」

「数値は嘘をつかない」

「これで王都は安泰だ」


 ――数値は嘘をつかない。

 その信仰が、この国の結界と同じくらい厚く、人々の思考を覆っていた。


 私は膝を折ったまま、顔を上げない。

 上げれば、目に入るのは勝者の笑みと、数字に熱狂する群れだ。だから、黙っていた。

 沈黙は、弱さとして扱われる。

 俯く姿は、“負け”として消費される。

 この場にとって、私はもう物語の障害物でしかない。


 アルベルトが、最後の一押しをするように言う。


「聞こえたな。お前は不要だ」


 そして、私を“人”ではなく“機能”として扱う声が続く。


「――退場しろ、セラフィナ」


 その言葉が落ちても、私はすぐには動かなかった。

 大広間の光は相変わらず眩しく、奏楽の余韻は壁に張りついたままなのに、場の温度だけが一段下がっている。


 膝を折ったまま、私はゆっくりと呼吸を整える。

 呼吸の音が聞こえないように。喉が震えないように。

 誰かが望んでいるのは“取り乱す姿”か、“泣き崩れる姿”か、そのどちらかだ。

 だから私は、どちらも与えない。


 静かに顔を上げた。

 真正面には第一王子。

 その背後に、数字に酔った貴族たち。

 そして、新しい聖女として掲げられた少女――リュミナの、勝者の微笑。


 私はそのすべてを一度だけ見て、視線を王子に戻す。

 目を逸らさない。睨みもしない。

 ただ、確認するための目。


「……本当に、よろしいのですね」


 声は小さかった。

 大広間の豪奢な響きの中では、あまりに静かすぎる声。

 それでも、王子には届く。届かせる距離だ。


 一拍。

 貴族たちが、勝ち誇ったように言葉を告げる。


「往生際が悪い」

「……終わった」

「早く消えろ」


 そんな言葉が、囁きとして流れる。

 王子は、その囁きに頷くように口元を歪めた。

 まるで、こちらの確認が“泣き言”だと決めつけるように。


「当然だ」


 アルベルトは手を振った。虫を払うみたいな、軽い仕草だった。

 それだけで“終わり”が確定し、空気がまた勝者側へ傾く。


「お前はもう、この国の聖女ではない。婚約も、契約も、すべて無効だ」


 続けて、追放の言葉が落ちる。


「王宮から出て行け。……いや、この王都から消えろ」


 命令口調。義務。服従。

 この国が私に与えてきた役割の、最後の形。


 私は反論しない。泣かない。

 ただ一度だけ、瞼を伏せる。


「……承知いたしました」


 その瞬間、口角だけが、ほんの僅かに上がった。

 見えない。見せてはいけない。


 その返事が“従順”に聞こえるほど、場は満足した。

 貴族たちは、もう次の話題へ移ろうとしている。

 奏楽隊も、どこから再開すべきかを測りかねて、音を探している。


 私は立ち上がる。

 スカートが、遅れて揺れた。


 そして――私は踵を返した。

 背中に、視線が刺さる。けれどもう、振り返らない。


 一歩。


 大広間の光が、変わった。

 ほんの一瞬――“何かが噛んだ”ように、リズムがずれる。


 次の瞬間。

 ぱちり。

 祝祭の魔法灯が、“ひとつ”消えた。


 糸が切れるみたいな小さな音。

 空気が冷えた気がして、眩しさがわずかに薄くなる。

 笑いかけた誰かが止まり、弦の指先が迷う。

 香りの流れが途切れ、宝石灯の光が揺れた。


 天井画の星屑みたいな輝きが、ふっと滲み、次の瞬間に戻る。戻りきらない。


「……?」


 短い声が上がる。

 別の灯りが弱くなる。消えはしない、ただ薄い――遠ざかったみたいに。

 刺繍が一段暗く見え、髪飾りの石も瞬いているのに弱い。


 グラスの冷たさが刺さらなくなり、遅れて気づいた者ほど止まり、気づいた者ほど見回す。


 そして王子の声が落ちた。


「……何だ?」


 苛立ち。

 見えない不具合に対する、支配者の苛立ち。


 その一言の直後、遠くで――ほんの、低い軋みがした。

 床の下か、壁の奥か。金属が擦れるような、嫌な音。

 誰かが「今の……」と言いかけて、飲み込む。


 私は足を止めない。ただ、扉へ向かう。

 手を掛けた瞬間、背後でまた小さく、ぱちり、と糸が切れた。


 祝祭の光が“当たり前”でなくなった、その最初の瞬間が始まる。

 私は理解する。これで“戻せ”は、もう命令にならない。

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