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第十五話 古代ゴーレム(前編)

 「竜骨山脈」での激闘から二日が経過していた。

聖騎士団の追跡を振り切ったリディアとアビスは、山脈を越え、その先に広がる広大な荒野へと足を踏み入れていた。

 そこは、地図にも載っていない空白地帯。

 かつて、千年以上前に栄えたとされる「古代魔法文明」の遺跡が点在する、通称「魔導の墓場」と呼ばれる場所だ。


 風化して崩れかけた石柱。

 地面から突き出した、用途不明の巨大な歯車。

 そして、空には常に鉛色の雲が垂れ込め、魔力の嵐が吹き荒れている。

「うわぁ……。なんだか、お化けが出そうなところですね」

 リディア・クレセントは、リュックサックのベルトを握りしめ、周囲をキョロキョロと見回した。

 彼女の背中には、相変わらず黒い毛玉――魔人アビス(犬)が収まっている。

(……お化けなんぞより、ここにある遺物(ガラクタ)の方がよっぽどタチが悪いぞ)

 アビスは、リュックの縁から顔を出し、鼻をひくつかせた。

 懐かしい匂いだ。

 古い油と、錆びた金属、そして高濃度の魔力が腐敗したような独特の臭気。

 ここは、かつてアビスが自らの手で滅ぼした「古代文明」の成れの果てだ。

(……皮肉なもんだな。かつて俺様を封じるために作られた兵器どもの墓場を、こうして「犬」の姿で散歩することになるとは)

 アビスは、道端に転がっている石像――かつての自動歩兵の残骸――に目をやった。

 首がもげ、苔むしているが、その内部にはまだ微かな魔力回路の輝きが残っている。

 「浄化者(ピュリファイア)」たちは、こうした遺跡から技術を回収・修復(サルベージ)し、あの黒騎士のような歪な兵器を作り出しているのだろう。


「ねえ、アビスさん。こっちで合ってるんですか?」

 リディアが不安そうに尋ねる。

 目の前には、巨大な石造りの建造物が口を開けていた。

 古代魔導迷宮。

 地下深くへと続く、巨大なダンジョンだ。

 アビスの記憶によれば、この迷宮を抜けた先には、旧魔王城へと続く地下水脈があるはずだ。

 地上の街道は「浄化者(ピュリファイア)」の検問だらけだろうから、この危険な近道を通るのが正解(セオリー)だ。

「ワン!(ああ。この穴倉を抜けるのが最短ルートだ。ただし、罠だらけだから気をつけろよ)」

「罠ですか……。私、そういうの苦手なんですよね」

 リディアは苦笑いした。

 もちろんアビスは知っている。

 彼女は「直感」で動くタイプだ。

 複雑なパズルや、隠されたスイッチを見つけるような繊細な作業は、彼女の脳細胞には向いていない。

(安心しろ。俺様が完璧にナビゲートしてやる)

 アビスは、自信満々に胸を張った(犬だが)。

 彼はこの迷宮の構造を知り尽くしている。

 何せ、かつてこの迷宮を作らせたのは、他ならぬアビス自身だったのだから。

 ここは、彼の庭のようなものだ。

「じゃあ、行きますよ! 探検開始です!」

 リディアは、松明を掲げ、暗い迷宮の入り口へと足を踏み入れた。


 ◇


 迷宮の内部は、意外にも保存状態が良かった。

 壁や床には、魔力で発光する苔が生えており、松明なしでも薄っすらと周囲が見える。

 通路は広く、かつては大型のゴーレムや戦車が行き交っていたことを物語っている。


「右だ」

「左だ」

「そこは落とし穴だ、またげ」

 アビスの的確な指示により、二人は順調に進んでいた。

 リディアも、最初はアビスの指示に従っていた。

 ……最初は。


「あ! 見てくださいアビスさん! 宝箱ですよ!」

 通路の脇に、古びた木箱が置かれているのを見つけ、リディアが目を輝かせた。

 アビスの目が鋭く光る。

 鑑定眼発動。

 中身は……「人食い箱(ミミック)」だ。

「ワン!(待て! それは魔物だ! 開けるな!)」

「えー? でも、すごいお宝が入ってるかもしれませんよ? 伝説の剣とか!」

「ワン!(テメエの背中にある聖剣以上の剣が、そんなボロ箱に入ってるわけねえだろ! いいから無視しろ!)」

 アビスが必死に吠えて止める。

 リディアは、名残惜しそうに箱を見つめながらも、しぶしぶ歩き出した。

「……むぅ。アビスさんは心配性ですね」

 不満そうだ。

 どうやら、彼女の中の「冒険者魂(という名の無鉄砲さ)」が、このダンジョンの雰囲気に刺激されてうずいているらしい。

 嫌な予感がする。

 アビスの「トラブル予知センサー」が、警報を鳴らし始めていた。


 そして、運命の分かれ道に差し掛かった。

 T字路。

 右は、緩やかに下っていく安全な通路。

 左は、やけに天井が高く、豪華な装飾が施された、いかにも「メインストリート」っぽい通路。

「ワン!(右だ。そっちが正解だ)」

 アビスは、迷わず右を指し示した。

 左の道は、「王の間」へと続く儀礼用の通路だが、そこには侵入者を拒むための超強力な防衛システムが生きているはずだ。

 対して、右はメンテナンス用の通路。

 地味だが安全だ

 だが。

 リディアは、左の通路をじっと見つめていた。

 その瞳が、キラキラと輝いている。

「……アビスさん。左の道、なんだか『風』を感じませんか?」

「ワン?(は?)」

「きっと、こっちが出口への近道ですよ! 私の『勇者の勘』がそう告げています!」

 出た。

 勇者の勘。

 それは、論理的思考を放棄した時に発動する、最悪の思い込みスキルだ。

「ワン!(待て! そっちは罠だ! 見ろ、床のタイルが不自然に綺麗だろ! それは掃除が行き届いてるんじゃなくて、侵入者が全員『処理』されたからだぞ!)」

 アビスは必死に吠えた。

 リディアの足元にまとわりつき、右へ行こうと誘導する。

 だが、リディアはニッコリと笑って、アビスをひょいと抱き上げた。

「大丈夫ですよ、アビスさん。もし何かあっても、私が守りますから!」

「ワン!(そういう問題じゃねえ!)」

 リディアは、アビスの制止を振り切り、左の通路へと、元気よく駆け出してしまった。


 ◇


リディアが左の通路に足を踏み入れてから、わずか十数歩。

 カチリ。

 床のタイルから、小さな機械音が響いた。

「……あ」

 リディアが足を止める。

 「何か踏んじゃいました」という顔で、足元を見る。

 その瞬間。

 通路の両側の壁に埋め込まれていた魔石が、一斉に赤く発光した。


 ブゥゥゥン……!


 空気が重くなった。

 比喩ではない。

 物理的に、空間の質量が増大したのだ。

「え……? きゃっ!?」

 ドサッ!

 リディアの体が、見えない巨大な手に押し潰されたように、地面に叩きつけられた。

 彼女だけではない。

 リュックサックも、聖剣も、全ての物体が床に縫い付けられる。

「ぐぅ……っ! な、なんですかこれ……! 体が……動かな……!」

 リディアは、顔面を冷たい石床に押し付けられながら、必死に身じろぎしようとした。

 だが、指一本動かせない。

 これは、「重力結界(グラビトン)」。

 指定範囲内の重力を局所的に増大させ、侵入者を圧殺するトラップだ。

 現在の倍率は、およそ十倍。

 普通の人間なら内臓が破裂して即死するレベルだが、リディアの頑丈すぎる肉体は、ミシミシと音を立てながらも耐えていた。

(……馬鹿野郎がァ!)

 アビスは、心の中で絶叫した。

 幸いなことに、アビスは無事だった。

 トラップが発動した瞬間、リディアが転倒した衝撃で、リディアの手から放り出されたのだ。

「キャン!(おい! 大丈夫か脳筋!)」

 アビスは、結界の影響範囲の外側から、リディアに近づこうとした。

 だが、見えない壁に阻まれる。

 結界の中に入れば、アビスのような小動物でも無事では済まないかもしれない。

「うぅ……。重いです……。アビスさん……逃げて……」

 リディアの声が、床に押し付けられた口元から苦しげに漏れる。

 彼女は顔を上げることもできず、その眼は冷たい石の床しか映していないはずだ。

 即死は免れたが、このままでは時間の問題だ。

 「生命の危機」判定はどうだ?

 アビスは体内のセンサーを確認した。

 ……反応なし。

 まだ「黄色信号」だ。

 じわじわと死に至るタイプの罠は、判定が遅れる傾向にある。

 このポンコツ呪いめ!

(……どうする? どうやって解除する?)

 アビスは周囲を見渡した。

 この罠を解除するには、壁のどこかにある制御盤を破壊するか、魔力を断つしかない。

 だが、犬の姿では、壁の高い位置にある制御盤には届かない。


 その時だった。


 ズシン……ズシン……。


 通路の奥から、重く、規則正しい足音が響いてきた。

 アビスの耳が動く。

 この音は、ただの足音ではない。

 石と金属が擦れ合う、無機質な駆動音。

(……おいおい。嘘だろ?)

 アビスは、暗闇の奥を凝視した。

 そこから現れたのは、身長三メートルほどの、岩でできた巨人だった。

 全身が灰色の石材で構成され、関節部分には青白く光る魔導回路が走っている。

 顔と呼べるものはなく、ただ一つの「目」が、赤く明滅していた。


 ―――「古代ゴーレム」。

 この迷宮の守護者であり、侵入者を排除するための自動人形。


「……ガ、ガガ……排除……対象……発見……」

 ゴーレムから、擦れたような機械の音声が流れる。

 それは、ゆっくりと、しかし確実に、重力に縛られて動けないリディアの方へと歩を進めてきた。

「……足音……? なにか、来ますか……?」

 リディアが、視界が効かない恐怖に声を震わせる。

 動けない状態で、巨大な敵が迫ってくる絶望感。

 彼女は必死に聖剣を掴もうとするが、重力で腕が上がらない。

(……チッ! 最悪のタイミングで出てきやがった!)

 アビスは歯噛みした。

 あのゴーレムは、ただのゴーレムではない。

 アビスの知識にある、「アンチ・マジック・ゴーレム」。

 そのボディは、魔術を無効化する特殊な鉱石「封魔石」でコーティングされている。

 つまり、魔法が効かない。

 物理攻撃で破壊するしかないタイプだ。

(……詰んだか?)

 アビスは焦った。

 リディアは動けない。

 アビス自身が「変身」しても、使える魔力は百万分の一。

 そんな微弱な魔力で放つ魔法など、あの対魔装甲の前ではそよ風にもならないだろう。

 物理で殴ろうにも、今の貧弱な魔人ボディでは、あの岩の塊を砕くのは不可能だ。

「……排除……開始……」

 ゴーレムが、リディアの目の前で立ち止まった。

 そして、その巨大な石の拳を、ゆっくりと振り上げた。

 狙いは、リディアの頭部。

 重力で押し潰され、逃げ場のない彼女の頭を、スイカのように粉砕するつもりだ。

「……アビスさん……」

 リディアの呻くような声が聞こえた。

 彼女は、顔を上げることも、アビスの方を見ることもできない。

 だが、その言葉には、確かな意志が込められていた。

「……逃げてください。……あなたは、小さくて速いから……きっと、逃げられます……」

 彼女は、自分の命よりも、アビスの生存を優先しようとしていた。

 この期に及んで。

 自分は顔を泥に押し付けられ、何が起きているのかも見えない状態で。

 それでも、相棒の無事を願っているのだ。

(……ふざけんな)

 アビスの中に、冷たい怒りが湧き上がった。

 誰が逃げるか。

 誰が、こんな石人形ごときに、俺様の「護衛(リディア)」を壊させてたまるか。

(……上等だ。魔法が効かねえなら、別の手を使うまでだ)

「ワン! ワン! ワン!」

 アビスは、ゴーレムの背後から激しく吠えた。

 小さな犬の体で、巨大なゴーレムの注意を引き付ける。

 そして、確認した。

 リディアは、うつ伏せで倒れている。

 彼女の視界は床のみ。

 こちらを見ることはできない。

(……条件は、揃った)

 アビスは、決断した。

 「生命の危機」判定なんて待っていられない。

 今、ここで、俺様が動かなければ、全てが終わる。

 そして今なら、誰にも見られずに「力」を使える。

(……来い! 解呪(ディスペル)ッ!)


 カッ!


 薄暗い迷宮の中に、黒い閃光が走った。

 リディアの背後で弾けた音なき光。

 彼女には、何が起きたのか分からない。

 ただ、自分を押し潰そうとしていた「死の気配」の向こうに、別の「強大な気配」が立ち塞がったことだけを感じ取った。

 光の中から現れたのは、漆黒のコートを纏った魔人。

 出現と同時に、アビスは動き出していた。

「……三分だ。いや、この堅物を相手にするには、一分もありゃ十分だ」

 アビスは、振り下ろされようとしていたゴーレムの腕に向かって跳躍した。

 真正面からの力比べ?

 そんな馬鹿なことはしない。

 魔法攻撃?

 効かないのは分かっている。


 ならば、どうするか。

 答えは一つ。

 「ハッキング」だ。


 このゴーレムは、古代文明の遺産。

 つまり、アビスにとっては「よく知った玩具」のようなものだ。

 構造も、回路も、弱点も、全て知り尽くしている。

 そして何より、こいつを動かしている「基本OS」は、千年以上前、アビス自身が開発に関わったシステムそのものなのだ。

「……見せてもらおうか。千年前のポンコツが、どこまで動くかをな」

 アビスの手が、ゴーレムの腕に触れた。

 攻撃ではない。

 接触による、システムへの強制介入。

 リディアには見えない場所で、魔人アビスの、秘密の「破壊工作」が始まる。

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