アントニオ:Day5
俺は跳び起きた。
何でかって?
そりゃ、遅刻する気がしたからさ。
勘ってやつだ。
ちょっと寝すぎた感がある。
スマホを開く。
え?
「はああああああああああああああああああああ!?」
平日を寝過ごした。
オワタ。
やばいやばいやばいやばい、どうする?
まあ、しらばっくれとけばなんとかなるわ。
...おん。
ここは、アントニオ君自慢の図太さで。
いそいそと支度をする。
鞄に手をかけたそのとき。
「ん?」
なんだこの紙。
手紙のようだ。
『こんにちは。はじめまして。鈴木佳奈、と申します。私の多重人格の方なら、明日、返事ください。どうやら寝ると意識が入れ替わるようです。あと、学校で暴れないでください。迷惑です。』
「...は?」
俺は絶句した。
え?意識残ってるのこいつ。
どどどどうする?
一応返事書く?手紙だし。
アントニオは、手紙を貰ったことがなかった。
そりゃ、紙だと証拠も残るし、何しろやりたいという配達員がいないのである。
...命の危険があるからね。
とりあえず、返事を書くことにした。
こうなった以上、コミュニケーションは取れたほうが無難だ。
「えーっとねえ...」
「Hola. Soy Antonio. No sé por qué, pero soy tu personalidad múltiple.」
あー、じゃなくて日本語だ日本語だ。
「こんにちは、俺はアントニオといいます。なぜかは知らんがあなたの多重人格です。」
って書いた。
これで良し。
ていうか俺、普通に日本語、書けるようになってるんだよね。
多分、あれじゃねえかな、体の筋肉のうんたらかんたらじゃなかった?記憶的な。
この体に入ってくる以前の記憶は見れるけど、それ以降はわからないみたいだ。
つまり、一日おきに人格が入れ替わる、というわけか。
頭の中身も全く違う。多分、こいつは俺よりまとも。
いや、わかんないか。この家庭だし。
まあ、とりあえず行きますか。
Twenty minuets later...
俺は学校、A組に到達した。
「あ」
席が分からん...!
そうだなあ、訊くか。
俺はその辺の男子の胸倉を...おっと危ない、肩をつかむと、訊いた。
「おr..私の席、どこ?」
男子は困惑しているようだ。
「...え?だって昨日、座ってたよね」
「忘れたんだよ。とにかく教えやがれ。」
「えっと、あそこ。後ろから二つ目のところ。」
「ありがとな。」
俺は、今度こそ完璧な日本語で応答した。
我ながら完ぺきではないか。
指定された席に着き、カバンの中のものを取り出す。
教科書、ノート、縄(鞭)、筆記用具(カッター含む)などなど。
すると、話しかけられた。
「おはよー、佳奈。昨日徹夜したせいで私今日眠いわー」
なぜいちいち眠いか眠くないか報告する必要があるのだね。と訊きたかったが、無難に返事。
「おはよう、松永さん」
その瞬間、美玖の笑顔が消えた。
この顔は...
「...佳奈は普通、私のことは『美玖』って呼ぶの。お前、誰?」
ソッコーバレたわ。
さすがにガチ友にはバレちまうか。
「そうだなあ、アントニオ、とでも呼んでくれ。」
すると、言われた。
「お前さ、人に寄生しといて何にも感じないの?」
その瞬間、美玖の姿とあいつ、カルロスの姿が重なった。
いや、カルロスはそんな奴じゃない。
深呼吸、深呼吸。殺すな殺すな。
「ヘッ、寄生して何が悪い。殺せるもんなら殺してみろよ。こいつも死ぬぜ?」
「噂通り、卑劣な男ね。勝手に死ねばいいのよ」
「ねえねえ、そこ、何話してるの?」
えーっと、この顔は、武田静香。
ていうか鈴木佳奈に話しかけてくる人間など、この二人しかおらん。
しかし。
「うん? ...ああ、その顔は、佳奈じゃないわね。佳奈だけど、佳奈じゃない。誰?あなた。」
急に冷めた声になる。
こいつら、記憶能力高杉晋作じゃね?
返す。
「ふーん。その通りだと言ったら?」
静香「月曜日、佳奈に憑依してたのはあなた?」
俺「そうだ。ボコボコにしなきゃこっちがやられる。」
静香「佳奈、そのことで悩んでたわよ。何か別の方法、なかったの?」
俺「なあ、お前、やられたらやり返す、ということを知らないか?やるほうが悪い。そもそも殺すって言ってたから殺されても文句は言えん。違うか?」
美玖「違う。全然違う。佳奈はそんな人、主義じゃない。」
俺「こいつの話はしてねえんだ。俺が、って話だ。殺すぞ、この屑が。」
静香「第一、その体は佳奈のものでしょ?勝手なことしないでよ!」
静香が大きな声を出したことで、周りの人たちが集まってくる。
あれ?なんで修羅場になってんだ?
美玖も静香もカッカしている。
さて、どうしたもんかな。
すると。
「はーい。授業始めるよーん」
先生、襲来。
「ちくしょう...おぼえとけよ」
と言いながら、美玖が席に戻っていく。
静香も戻り、ほかのギャラリーも戻っていく。
俺も座った。
授業の内容は、新鮮であった。
なんか面白い。
二次方程式から代数学に行って、そこからなぜかフェルマーの最終定理に話が飛躍して、わけわかんないことになった。本気で中学生に証明を理解させようとしているらしい。
俺? 麻薬の売り上げ計算しかしたことないよん。
授業が終了。
俺は文字について理解しようとしていた。
なんでxなんだ? aでもαでもなくて。
「......お.....え.......た......ろ!」
あ。 なんか来た。
えっと、なんだなんだ?
「おい。ぼけっとすんなよ。返事ぐらいしろよボケナス。」
男子。
同性だあ。と思っても、この体からすると異性だ。
「あ? 何だてめえ。なんか文句でもあんのか」
ご丁寧に返事してやったぜ。
えーっと、こいつの名前は...菊池亮平。
顔についてるでかいニキビが特徴で...武田信者の一人? なんだそれ。
「さっき静香ちゃんに口答えしてただろ」
はーん、話の内容を理解していねえくせに話に介入するのか。反吐が出る。
「さっきの話のどこにお前との接点があるんだ。失せろ。おr..私の前に出てくるなよ屑が。
私はフェルマーの最終定理なるものを理解するのに忙しいのだ」
やべっ一人称を”私”にするの忘れた。
菊池の顔が怒りでゆがむ。
「接点? そんなもん関係ねえだろうがよお!お前が身の程知らずだから俺が成敗しに来てやったって話だよ。そんなこともわかんねえのか。これだからカースト最下位は。」
ぷちっ。
まてまて。
ここで持ち前の短気を見せてしまってはいけないだろう。
いやしかし。ここまで来てしまった俺を止めるのはほぼ不可能だ。
いや。だめだだめだ。断固として暴力をふるってはいけない。
日本の警察は優秀なのだ。
「そうかそうか。その、カースト制とやらの中で君はどの辺にいるのかな?」
俺は、いつもの営業スマイルで言った。
目の前でどんな惨状が繰り広げられても、この顔だけは貼り付けていられる。
「あん?そんなこと、関係ねえだろ!とにかく、お前は静香ちゃんに話しかけるんじゃない!」
はあ。
「その理論でいくと、お前もその、”身の程知らず”に含まれるのではないのかな?
序列をお前は全て知っているのか?何人差までだったら話しかけていいのかな?
そもそも、今日の場合は俺から話しかけたわけではあるまい。向こうが絡んできたのだ。
まさか君、そんなことも知らずにいちゃもんを付けにきたのではあるまいね?」
論破モード、発動。
とにかく問いかけて、問いかけて、つるし上げる。
ギャラリーが集まってくる。ますます暴力を振るいづらい。
「...」
「おや?無視するとはいい度胸だ。さんざん煽っといて。なんだね君。
やるのか、やらないのか、はっきり決めてくれ。こっちは授業の復習がしたいのだよ。」
俺は立ち上がって仁王立ちになる。
すると。
「そこ、いい加減にして頂戴。菊池君もそんなカスに付き合う暇なんか、ないんじゃないの?」
誰だ。カスとか言ったのは。
美玖だった。ほんとにこいつ、友達か?
俺は最初の態度など、すでにまったくもって忘れていた。
「カスとは。ひどい言い様だな。向こうから絡んできてカス呼ばわりか。君たちにも鳩並みの脳みそくらいは付いていると思っていたよ」
すると、俺の望む事態がやってきた。
「さっきから、言わせていればいい気になりやがって...口答えしたこと、後悔しろ!」
ぼかっ。
頭頂部に優しい衝撃。
母親の折檻のようだ。
ついに俺は大義名分を得た。
「痛ってえええええええええええええええええええええええええええええええ!
てめえ、やりやがったな。殺してやる。殺してやるよ...へへへ...」
俺が急にでかい声を出したことで、菊池は戸惑ったような顔をした。
本当の”公開処刑”を見せてや...
「ねえ!やめなさいってば!そんなことをしても一文の得にもならないのよ?」
菊池がはじかれたようにそちらを見た。
静香か。見なくてもわかってしまう。
「静香さん...えーっと、これは...」
「ふざけないで。あなたは周りの人にどう思われたいの?乱闘騒ぎを起こすことのどこが面白いわけ?」
そうだなあ。
しいて言うならば、人の血の匂いが好きなのかなあ。
「えっと、僕はただ、静香さんに...」
「あっそ。じゃあもう関わってこなくていいわよ。」
「ええ...」
俺は肩透かしを食らった気分だった。
武田静香。彼女の意見は、世論そのものである。
こいつ、独裁者になる素質あるぜ。
俺は思った。
「あなたも!」
おお。なんか言われとる。
人の話を聞かないのは反社時代からの課題だ。
「もっと淑女らしいふるまいをしたらどうかしら!」
頭?どう頭?
首領?俺のことか?
っていう冗談はよして。
俺は下を見た。
机の上に胡坐をかいて座っている。
たしかに。これは貧相な女子中学生にはふさわしくないな。
「おっそうだな」
直す。
「あと、その男みたいな口調、やめて。気持ち悪いから。」
むかっ。
「君は”多様性”という言葉を知らないのかね。
そういう頭の固い連中がのうのうと生きているから(以下略)」
その後の授業も放課もギスギスした空気が続いた。
俺、平和にスクールライフを満喫したいだけなのに。
家に帰ると、母親はいつもの位置にいた。
行く前と全く変わっていないように見える。
さてと。
そろそろ金稼ぎをしますか。
空腹には耐えられん。
俺はスマホを開き、とあるサイトを開いた。
パスワードと組員ID。
俺は迷わず、ロゴの少し左上を押す。
すると。『首領、お帰りなさいませ。パスワードを入力してください。』
という文字と、背景が赤いページが開かれた。
パスワードは暗記している。
入力して開くと、チャットに書き込む。
『アントニオだ。帰ってきた。』(同接数:0)
念の為、ページを消す。
そしてベッドにもぐりこんだ。
返事が楽しみである。両方とも。
学ぶ子、アントニオ。