230話 紫葉
色んな人にリサーチした結果。浮き彫りになったのは俺の行動範囲の狭さだ。
少ない友人、外に出ても飲みに行く程度。しかも、それも決まった店をいくつかローテーションしている感じで新たな出会いが無い。
10年近く逃亡生活を送ったり、同世界召喚されて帰って来るのに2年掛かったりだとか・・・あちこち行くのに辟易している・・・という訳ではなく、ただただ出不精なだけだ。
という訳で、今日は鍛冶仕事を休んでオーパスポーカスの街を散策している。
「味見するかい?」
「良いんですか?」
「買ってってくれるならね」
普段は入らない路地に入ったら早速新たな出会いがあった。
「酸っぱいから気を付けな」
「はい。いただきます」
小皿の上にいくつか漬物が並べられていて、それを楊枝で刺して口に運ぶと顔のパーツが全部中央に集まる勢いで酸っぱい。
酸っぱいと言われずに食べたら咳き込んでいただろう。
「くーっ・・・」
「どうだい?」
刻んでタルタルソースに入れたりしたら良いアクセントになりそうだ。
「買います」
「他のも食べてから決めな」
「それもそうですね」
他のも食べていくが全部同じ味だ。
素材の味はほぼ関係無くお酢の味。
「じゃあ、緑のピクルスみたいなやつとレンコンと」
「気が早いよ。まだあるんだから他のも食べてから決めな」
「あ、はい」
続いて出て来たのは同じく酢漬けの漬物ではあるが甘酢漬けで唐辛子も入っていてピリッとしたアクセントが良い。
「こっちも買います」
「だーかーらー。まだあるんだから、そっちも食べてから決めな」
「は、はい・・・」
そして、漬物ばっかり食べて口の中が酸っぱくなっていると思ったらお茶が出てきた。
「熱いから気を付けな」
「ありがとうございます」
そして、次に出て来た漬物はぬか漬け。
「これはウチに伝わる秘伝の漬物だからね。他所じゃ食べられないよ」
「酸っぱ・・・古漬けですね」
「!?」
「ご飯が欲しくなる」
「し、知ってるのかい?」
「あー・・・えっと、どこだったか旅の途中で食べたような・・・気が?しないでもない感じですかね」
「漬け方は知ってるのかい?」
「いやぁ、流石にそれは知らないですよ」
「なら良かった。命拾いしたね」
「!?」
「我が家に代々伝わる秘伝の漬物だからね。どこから情報が漏れたのか・・・」
この漬物屋の先祖に召喚された日本人が居たのかもしれない。
「浅いのもありますか?」
「浅漬も知ってるんだね」
「は、はい・・・」
「ちょっと待ってな」
と、言い残しおばちゃんは店の裏へと駆けていった。
「これ知ってるかい?」
「柴漬けっぽい」
「!?」
「こっちは!?」
「そっちは分からないですね」
「すぐきは流石に知らないようだね」
「あー・・・」
確か、京都の漬物だっけ?
柴漬けとすぐきと千枚漬けが京都の三大漬物って呼ばれてた気がする。
「って事は、千枚漬けもあったり」
「!?」
「します?」
「千枚漬けは時期じゃないから今は無いね」
やっぱりあるにはあるのか。
って事は、この店の先祖は京都の人だった可能性が高い。
「いや、あれですよ?存在を知ってるだけでどれも作り方とかは全然知らないですよ?」
「本当だろうね?」
「本当ですよ、本当に知らないですっ」
「アンタ結婚はしてるのかい?」
「へ?してないですけど?」
いきなり何だ?
「秘伝の製法は門外不出。でも、家族になれば問題無いからね」
「え、いや、あの・・・」
「そしたらアンタが作り方を知ってようが関係無くなるからね」
「いやいやいや・・・」
「とは言え・・・未婚の娘は孫が居るけど、まだ3歳だからねぇ」
「無理ですね。流石に」
「となると、私くらいか」
「はい?」
「大丈夫だよ。旦那とは死別してるからフリーだよ」
「いやいやいやいやいやっ」
「冗談だよ」
「え、あ、冗談・・・ですか・・・」
「ん?残念かい?」
「はい?」
「勘弁しとくれよ。アタシはアンタみたいな男は好みじゃないんだよ」
「ん?はい?」
「もっと筋骨隆々で男らしいのが好きだからね」
「あ、うん、はい。味見させて貰ったやつ全部買いますんで早く帰らせて下さい」
「あいよ」
酢漬け、甘酢漬け、ぬか漬けの古漬け、柴漬けにすぐき。
少しずつではあるがこれだけ買うとそこそこの量になった。更に、サービスで浅漬けも付けてくれたので当分漬物に困る事は無い。
散策で得られたのは美味しい漬物。そして、告白していないのに振られるというアチーブメント。
冗談かもしれないが・・・ババアor幼児と結婚させられるかもしれないという恐怖・・・。
中々にストレスだった・・・そして、そこそこイラッとしたのでぬか漬けのやり方をマーシーさんに教えても良いかもしれない。
秘伝と言っていたが皆が家庭で作れるようになったらあの店は経営危機になるかもしれないな。
そこまでしたい訳じゃないが、一日の長があるはずだし、その程度で潰れる様ならその程度だったという事で仕方がない。
そんな結論に思い至ったのでマーシーさんにぬか漬けを伝授しようと心に誓った。




