二周目
二周目だ。みんな余裕がある。笑っているわけじゃない。でも、少しだけテンションが上がっているように見えた。
ペースを上げている子もいた。何度も飛び込む音が、連続して聞こえる。わざと大きな水しぶきを上げながら泳いでいく姿も見える。最初の緊張が解けて、身体が自由に動き始めてきた証拠だった。
──よし、次も行こう。
誰かが小さく呟いた。気合いを入れるような顔。背筋を伸ばして、川を真っすぐに見つめている。その背中には、はっきりとした意志があった。
それを見て、少し安心する。
ぼくだけじゃない。みんな、本気でやる気なんだ。
けれど、それでも、どこか。
ほんの少しだけ、胸の奥がざわついた。
心が、ほんのわずかに遅れている。身体は軽いのに、感情だけが何かに引っかかっているような、そんな感覚。
理由はわからない。でも、それはたしかにある。
対岸に足をつけたとき、自然と顔を上げた。ふと、気になった。
そういえば、運営者って、今どこにいるんだろう?
受付にいたあの人たち。番号が書かれた水着と水泳帽。姿はぼくたちとまったく同じで、最初は気にも留めなかったけど——今、周りを見渡しても、どこにも見当たらなかった。
声をかけてくる人もいない。タイムを測る人もいない。注意してくる人も、笑って見守っている大人も、いない。
あれ? と思った。
まるで、世界そのものが「どうぞご自由に」と勧めているかのように。
けれど、周りの子たちは、そんなことを気にしている様子はなかった。
みんな黙々と、三回目に向かって、また歩き出している。
ぬれた水着を気にすることもなく、笑顔はないけど、やる気を失ってもいない。むしろ、その無言の背中には、これから何かを掴もうとする強さが宿っていた。
ぼくだけが、ほんの少しだけ、違うところを見ていたのかもしれない。
でも、それも悪くはないと思った。
ここでは誰も何も言わないし、見ていないようでいて、きっと誰もが何かを感じている。
ぼくは、もう一度深呼吸をして、濡れた肩をくっと上げた。
まだ始まったばかり。ここからだ。