表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/73

回収

 儀式が終われば、すべて回収される。

 僕らの身にまとったこの水着も、水泳帽も、もう二度と見ることはできない。

 たとえ、どんなに願っても。たとえ、どれだけの時間を一緒に過ごしても。

 もう、手に取ることも、触れることもできないのだ。

 ほんの一瞬、「持って帰れたらな」と思った。自分のことを“314”としか名乗れなかった、この日々を、何かの形で残しておきたかった。

 けれど、それは許されない。

 僕は、そっと、もう一度だけその布に触れ、ゆっくりと回収箱の中に、水着と水泳帽を置いた。


 ありがとう。


 誰にも聞こえない、小さな声で、僕はそう呟いた。


 そして、まるで長い間着ていなかった晴れ着に袖を通すように、久しぶりに、自分の制服に、震える手を通した。本当は、熱いシャワーを浴びて、泥と疲労を洗い流したかったのだが、そんな体力は、とうの昔に使い果たしてしまっていた。体はまだ、泥だらけのままだったけれど、


 乾いたシャツ。


 温かい布。


 まるで、優しい毛布に、体がふわっと包み込まれるような、そんな安堵感。

 それだけで、まるで堰を切ったように、涙が溢れそうになった。

 ようやく、僕は、人間らしい温かさを取り戻し、人間に戻れた気がした。


 更衣室を出ると、再び、疲弊した僕たちに、体育館への集合がかかった。

 そこには、泥と汗と、そして、拭いきれなかったであろう涙で、ボロボロになった、でも、最後まで、あの冷たい床に立ち続けていた、同じ苦しみを分かち合った仲間たちがあいた。


 そして、ほんの直前に、まるで夢のように消えていった、リタイアした子どもたちの私物が、まるで忘れられた玩具のように、そこに、持ち主を失って所在なげに置かれていた。あの、頭上に同じ番号を掲げていた子どもたちは、今、どうしているのだろうか。冷たい雨に打たれながら、一人、あの場所を後にしたのだろうか。

 ふと、隅に置かれた、見覚えのある「268」という番号が書かれたビニール袋が目に入った。休憩時間、疲労困憊の中、偶然隣に座り、ほんの少しだけ言葉を交わした女の子の番号だ。短い時間だったけれど、お互いを励まし合いながら、先の試練に臨んだ。その後、離れてしまってからは、あの小さな背中をずっと探していたけれど、最後のほんの少しのところで、ここに荷物だけを残してリタイアしまったのか……。胸の奥に、小さな、けれど確かな痛みが広がった。


 なぜ、こんな 最後の最後で消えてしまったのだろうか。小さな、胸の奥の何かが、チクリと痛んだような気がしたけれど、疲労困憊の僕には、そんな他者のことを深く考える余裕さえ、残っていなかった。自分のことで、もう、いっぱいいっぱいだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ