ルール説明
全員が体育館に入り終えたのを見計らったかのように、床に響く引き締まった足音を立てながら、一人の大人が壇上に現れた。
刈り上げられた短い髪が、精悍な雰囲気を際立たせていた。日に焼けた肌に浮かぶ太い血管と、鍛え上げられた筋肉の浮き出た腕。紺色のトレーニングウェアは、身体のラインを隠そうともしない。見ただけでわかる。長年、鍛えてきた人間だ。
鋭い目つきで、壇上から僕たち全員を見下ろしている。その眼差しは、まるで「選別」を始める機械のようだった。口元は固く引き結ばれ、今にも怒鳴り声が飛んできそうな緊張が、体育館全体に一気に広がった。
何の前触れもない。紹介もない。ただ突然、そこに現れて、喋り出した。
壁には、受付で見たのと同じ模造紙が貼られていた。
中央には、青く太い線で、一本の川が描かれている。その横に、手書きで「約20m」と記されていた。文字は少し震えていて、誰かが急いで書いたものだとわかる。
その川を跨ぐように、一本の細い黒い線が引かれていた。頼りなげなその線が、橋——僕たちが渡るべき一本橋を表していた。
模造紙の右下には「記入場所」と囲まれた小さな枠が描かれ、赤い矢印がそこへ向かって何度も戻っていた。
ぐるりと時計回りに、川を渡り、Uターンし、橋で戻り、記入場所へ。何度も、何度も、それだけを繰り返すのだ。
そのとき、壇上の男が言った。
「川を渡り、対岸の目印まで行き、この橋を使って戻る。橋の出口にある箱に、備え付けの紙を一枚投入する。これを、繰り返す」
「脱落は、自己申告のみ認める」
「記録は、すべて自己責任とする」
一言ずつ、感情を排除したような無機質な声が、淡々と放たれていく。その話し方には、説明という行為そのものへの冷淡さがあった。
続く説明も、まるで録音された音声を再生しているかのように、抑揚がなかった。
「活動時間は、最低二百時間──」
……に、ひゃく?
僕は、一瞬その言葉の意味が理解できなかった。
二百時間。それって……何日分なんだろう。
頭の中で計算する。二十四時間が一日。二百時間は、八日以上だ。
八日以上、眠らずに、食べずに? そんなはずはない。けれど、この空気では、そう勘違いしてもおかしくない。
そして次の言葉が、それを突き崩した。
「状況により、最大三百時間まで延長される。延長の告知は、一切行わない」
会場内に、ごくわずかなざわめきが広がった。誰かが息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。
説明は止まらない。
「時間の確認手段は、一切ない」
「施設内には、時刻を示す掲示物もない。終わりの時を、誰にも知らせない」
言葉だけが、冷たく、ぽつぽつと降ってくる。まるで、水底に石を落とすように。鈍くて重くて、確実に沈んでいく。
僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。
時間が、わからない。始まりも、終わりも、音もなく過ぎていく。
朝か夜かも、自分の感覚だけが頼りになる。けれど、その感覚は、痛みや疲労や飢えと一緒に、すぐに狂っていくだろう。
感覚が狂えば、心も壊れてしまう。きっと、簡単に。
でも、もう遅い。
僕たちはすでに、この底知れない「儀式」の中に、深く、深く足を踏み入れてしまっていた。