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ソファ
休憩施設の扉を押し開けた瞬間、冷え切った僕の全身に、あたたかい空気が一気に流れ込んできた。
思わず、小さく息が漏れた。
寒さで凍っていた指先が、じわじわと痛みを取り戻す。肩の力が抜けて、全身が崩れそうになる。
明かりはまぶしくなかった。淡い光が天井から静かに降りている。
音も少ない。誰かの足音と、どこか遠くで誰かが歩く気配だけ。
この空間は、まるでべつの世界のようだった。
目の前に、いくつも並ぶソファがあった。
柔らかそうだ。そこに座れば、きっとすぐ眠ってしまう。
わかっていた。あれに座ったら、もう立ち上がれなくなるかもしれない。
それでも、僕の足は、もう止まらなかった。
ゆっくりと、ソファに腰を下ろす。
身体が沈んでいく。呼吸が浅くなる。目を閉じると、まぶたの裏がじんわり熱くなる。
川の冷たさも、水着の重さも、今はもう、遠くにあるようだった。
──負けた。
そう思った。誰にも聞こえない声で、心の中で。
でも今はそれでもいい。少しだけ、ここにいてもいいはずだ。
休んで、体力を戻して、また行けばいい。
「また、すぐ戻るから……」
誰に言うでもなく、僕は小さくつぶやいた。
その言葉を最後に、僕の意識は、すうっと深く沈んでいった。




