休憩してくる
彼女とともに、何度川を渡ったのか、もう数えられなかった。
冷たい川から上がり、ぬかるんだ地面を踏みしめ、滑りやすくなった頼りない橋を、凍った道を歩くように慎重に進む。
その途中で、隣を歩いていた268番──名前も知らない彼女が、突然、ぴたりと足を止めた。まるで石像のように、動かない。
彼女は、肩を大きく上下させていた。呼吸が荒い。あの、常に無表情で一定のリズムを保っていた彼女が──今、明らかに疲れ切っている。
こんな姿を見るのは、初めてだった。思わず、僕の胸の奥がきゅっと縮まった。理由はわからなかった。けれど、苦しかった。
彼女は、ゆっくりと僕の方を見上げた。目が合った瞬間、彼女の唇が、かすかに動いた。
「……ごめん。ちょっと、休憩してくる」
小さく、か細い声だった。いつもの張り詰めた声じゃない。
自分で選んだ、一歩の後退。それが、彼女の中ではどれだけ重い決断だったかが、言葉の重さから伝わった。
僕は、まるで時間が止まったように、足を止めた。
「えっ……あ、うん」
それしか言えなかった。
“頑張って”でも、“大丈夫?”でも、“一緒に行く?”でもなく。
僕の口は、乾いて動かなかった。
彼女は、小さく手を振った。別れのような仕草だった。
そして、あの温かい光が漏れる休憩施設の方へ──重い足取りで、歩き出した。
その背中が、ゆっくりと、でも確実に、僕の視界から離れていく。
僕は、ただその場に立ち尽くしたまま、何もできなかった。




