……寒いね
唐揚げが少し冷めていた。
けれど、味なんてわからなかった。胸の奥に、まだ答えの出ない感情が静かに溜まっていた。
不意に、彼女がぽつりと呟いた。
「……寒いね」
それだけだった。
でも、僕の中の何かが、ふっと揺れた。
口角がわずかに動くのを、自分で抑えきれなかった。笑ってはいけないのに、笑いそうになった。
こんな状況で、寒いね、なんて。
だって、彼女はまだシャワーも浴びていないのだ。
水着には草の繊維のような汚れが貼りついていて、腕や脚には擦れた赤い跡もあった。雨に濡れた水が、まだ肩に残っている。そんな姿で、ただ「寒いね」と言った。
それが、どうしようもなく人間だった。
その言葉の温度が、この食堂の空気よりずっとあたたかくて、でも、切なかった。
「うん……」とだけ、僕は返した。
寒いのはきっと、気温のせいだけじゃない。
濡れた身体と、擦りむけた皮膚と、誰にも頼れない孤独と、先が見えない時間と――全部が、身体の内側からじわじわと冷やしてくる。
でも、そうやってぽつんと「寒い」と言えることが、まだ心が壊れていない証のような気がした。
彼女の言葉が、僕に「思い出させてくれた」。
ああ、僕たちは、ただの番号じゃない。
これは競技でも、選抜でも、試練でもあるけれど――でも、どこかでまだ、人間なんだ。
そのことを、彼女は、たった一言で思い出させてくれた。




