受付
建物の中は、外の冷たい印象をそのまま引き継いでいた。コンクリートむき出しの床、白く塗られた無機質な壁、天井の蛍光灯が、沈黙を刺すように明るかった。
足を踏み入れた瞬間、目の前に並んだ白い長机が、まるで検問所のようにこちらを拒んでいる。受付カウンターの向こうには、運営者たちが等間隔で座っていた。
皆、同じ黒い水着を着ていた。
ぴったりと体に密着していて、肩まで布が覆っている。たぶん、こういうのを「ワンピース型」っていうのかもしれないけど、僕はそんな名前すら知らなかった。どこかで見たことのある形だと思ったら、それは——女子の水着のようだった。
胸と背中には大きく番号がプリントされている。水泳帽も黒く、頭のてっぺんにまで番号が書かれていて、どこから見ても識別できるようになっていた。
髪の毛は完全に帽子の中に押し込められ、顔立ちも似たような表情で固まっているせいで、誰が誰なのか、もうわからなかった。男か女かさえも、区別がつかない。
たぶん、それも意図的なのだと思う。
違いはすべて隠され、番号だけが前に出される。
言葉も、例外じゃなかった。
どのスタッフも、まったく同じ言い回しで、まったく同じ口調で喋っていた。挨拶もなければ、確認もない。何かを説明することもない。全部、決められたフレーズだけ。
言葉まで運営に統一されている感じがして、ぞっとした。
人間というよりも、ただの“番号”がそこに座っているようにしか見えなかった。
僕は一歩、また一歩と前に進んだ。名前を聞かれることもなければ、何も証明するものも求められない。ただ順番に、子どもたちが列を進み、スタッフの前へと運ばれていく。
そのとき、僕の番が来た。
運営者のひとりが、顔も上げずに無表情のまま呟いた。
「サイズは?」
乾いた声だった。音だけが宙を漂い、感情はどこにも存在しなかった。
「……S、です」
僕は少し声を震わせながら答えた。
運営者は無言で、大きめの透明なビニール袋をカウンターの上に滑らせてきた。袋の表面には、太く黒いマジックで「314」と書かれていた。それが、僕の番号だった。
……名前、聞かれなかった。
びっくりした。
受付なのに、名前すら聞かれないなんて。そんなの、初めてだった。
本当に、誰でも参加できるんだ——って、急に実感がわいた。申し込み用紙も、身分証も、なにもいらない。ただここに立って「サイズ」を言えば、それでよかった。
こんなにあっさり「番号」にされるなんて思ってなかった。
僕はそっと袋の口を開いた。
中には、黒い水着と、つばのないメッシュ状の水泳帽が一枚ずつ入っていた。それだけ。他には何も入っていなかった。
──これだけ?
自然と胸の内に浮かんだ言葉が、喉の奥で泡のように弾けて消えた。
期待なんて、していなかったはずなのに。不安と戸惑いが、じわじわと足元から這い上がってくる。声にできない圧迫感が、胸の奥に広がっていく。
でも、誰も何も言わない。
誰一人、言葉を発さない。
僕の前の子も、隣のカウンターにいる子も、みんな黙って受け取って、黙って去っていった。感情をこぼす隙間なんて、ここにはなかった。
それでも、僕は振り返ってしまった。ほんの少しだけ。
すると、目が合った。列の途中にいた男の子が、ほんの一瞬だけ僕を見て、それからすぐに目をそらした。
その視線が、「何を期待してるんだよ」とでも言いたげだった。
僕は黙って、袋を胸に抱え、運営者の指示する更衣室へと向かった。
背後からは、まだ終わらない無表情な受付の音が、淡々と続いていた。