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雨のはじまり

 何周目か、冷たい川を渡り終え、頼りない橋を渡って、再び来た岸辺へと戻るころだった。

 冷たい何かが、ぽつり、ぽつり、と、僕の濡れた肩に落ちてきた。

 その瞬間、まるで時間が一瞬だけ停止したかのように、思考が空白になる。

 けれど、すぐにそれが何なのか、理解した。


 ──雨だ。


 最初は、ほんのわずかだった。

 濡れた肩の一部に落ちた小さな雨粒。首筋の端をつたうように、細く冷たい感触が残る。

 まるで、小さな足跡を刻まれているようだった。

 その雨粒はすぐに数を増し、広がっていった。

 空全体を覆う重い雲の塊から、雨が静かに、けれど確実に降り出し始めたのだ。

 すでに川の水で濡れていたはずの身体が、その上からさらに、冷たい雨に打たれていく。


 それは、ただの水分ではなかった。

 冷たさと、まとわりつく重たさと、そして、この先の過酷な時間を予感させるような、不吉な何かを含んだ雨だった。

 黒い水着が、まるで重石をつけたかのように、さらに重たさを増していく。

 肩に貼りついた布が冷え、胸や背中もじっとりと沈んでいくような感触を伝えてくる。


 冷たい雨粒が、黒く静かな水面に落ちるたびに、細かな波紋が広がっていく。

 その波紋が何百、何千と重なり合い、見慣れたはずの川の顔が、まるで水彩画のようにぼやけて見えた。

 いつもはっきりと見えていた川底の砂利さえも、雨のヴェールを通して見ると、どこか遠い、別の世界の景色のようだった。


 ──滑りやすい。


 ふと、僕は自分の濡れた手を見つめた。

 雨水でふやけた指先が、かすかに震えている。

 それが冷たい雨のせいなのか、心の奥底から湧き上がる恐怖のせいなのか。

 あるいは、何度も繰り返される単調な動作による、疲労のせいなのか。

 もはや、僕には、正確に区別することができなかった。

 ただ、その小さな手の震えを、どうすることもできなかった。

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