運営者も参加者
三度目の渡河を前に、空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。
風が揺れたわけでもない。川の流れが急に荒れたわけでもない。けれど、目に見えない何かが、微かにひっかかった。
橋のたもとで、一人の参加者がふらついた。足元を取られたわけではない。ただ、ほんの少し、バランスを崩しただけだった。
肩のあたり、水着のストラップが、ずるりと落ちかけた。
誰かが、息を呑んだ気配がした。でも、誰も何も言わない。言えなかった。
その瞬間だった。
群れの中から、まるで何かに引き寄せられるように、一人が動いた。
静かに。無言で。そのふらついた参加者に近づいていく。迷いは、一切なかった。
その人物は、水泳帽に手を伸ばし、するりと取り上げた。
乾いた、無機質な声がひとつ。「失格です」それだけで、終わった。
帽子を取られた参加者は、その場に立ち尽くしたまま、何も言わなかった。誰も、振り返らなかった。
“それ”を告げた人物も、何の余韻も残さず、静かにその場を離れていった。
まるで、最初からそこにいなかったかのように。
──あれは、運営だ。
誰かがそう言ったわけじゃない。でも、全員がそう感じていたはずだった。
声も、表情もない。ただの一言と一動作。それだけで、場の空気を完全に変えてしまう力。
でも、その姿は——僕たちと、まったく同じだった。
姿だけじゃない。一緒に渡河する行動まで、何ひとつ、違いがなかった。
それが、ぞっとした。
運営者ですら、同じ試練をこなしている。
ただ見ているのではない。僕たちと同じ姿で、同じように泳ぎ、橋を渡っている。
その中に、静かに混ざり込んでいる。
個性が番号に限られたこの儀式。
運営者と参加者の区別も、ほとんどない。
みんな、同じように、黙って渡河しているんだ。
そして僕は、この瞬間から──
誰のことも、完全には信じきれなくなった。




