駅構内の隅に貼られたポスター
駅構内の隅に貼られたポスター。「渡河儀式」——その四文字が、僕の目に飛び込んできた。
全国才能選抜・自由参加型プログラム。参加条件:中学生・推薦不要・選抜なし。希望者は、当日現地集合。
その下に、小さく添えられた文があった。
「毎年、この儀式から複数のプロアスリートが誕生しています」
たったそれだけの言葉だった。でも、それが、行き場のない僕の焦燥を、一気に方向づけた。
巨大な体育館が、今、目の前に口を開けている。「〇〇県 渡河儀式選考会場」と書かれた白い看板だけが、ここが確かに“入口”であることを示していた。
小学校を卒業したばかりの僕——佐原遥斗は、まだ体に馴染まない中学の制服を着て、リュックの紐をぎゅっと握りしめていた。
誰でも参加できるという言葉が、どれほどの価値を持つのか、今ならよくわかる。本気で夢を追いかける者も、ただの興味本位の者も、すべてが並列に扱われる世界。
だからこそ、僕はここに来た。内気で、自分を表に出すのが苦手だった僕が、ようやく掴んだ可能性の入り口。推薦もいらない。選抜もされない。ただ、自分の足で立つことだけが、唯一の参加条件だった。
門の前には、すでに長い列ができていた。
目を伏せて地面を見つめる子。親に手を引かれ、不安そうに立っている子。逆に、誰にもつかまらず、胸を張って一人で立つ子もいた。
小さな子も、大人顔負けの体格の子もいる。背中を丸めている子もいれば、まっすぐに背筋を伸ばしている子もいる。
皆バラバラだった。でも、瞳の奥には、共通の影が宿っているように見えた。
それは、「選ばれていない」という影だった。
微かな諦めの色。それとも、切実な願いの光か。きっとどちらも正しい。
僕はゆっくりと息を吐き、震える足で一歩を踏み出す。列の最後尾に、そっと身を置いた。
壁に貼られた模造紙に、儀式の概要が書かれていた。
真ん中に、青い太い線。幅のある川が、紙の中を悠々と流れていた。手書きで「約20m」と書かれている。文字は少し震えていた。
川の右側、その線に寄り添うように、一本の細い黒い線があった。頼りない糸のように、川を横断している。それが、橋なのだろう。
説明は、短く、簡潔だった。
「川を渡り、対岸の目印まで行き、この橋を使って戻る。橋の出口にある箱に、備え付けの紙を一枚投入する。これを、繰り返す」
「脱落は、自己申告のみ認める」
「記録は、すべて自己責任とする」
ルールは、たったそれだけ。シンプルすぎて、逆に怖い。
自己申告。自己責任。ただ繰り返すだけ。
でも、それを繰り返し続けられる者だけが、何かを掴むのだと、ポスターは語っていた。
僕は、唇を噛んで、自分の胸を軽く叩いた。今、心臓がちゃんと動いている。まだ怖くても、僕はここにいる。
そして、僕の番が、もうすぐ来る。