第81話:怒りの咆哮
王都の夜風が、焦げた瓦礫の匂いと血の生臭さを運んでくる。
だが、それでも月は冴え冴えと煌めき、倒壊した尖塔の影を長く落としていた。
リクたちは競技場跡地へ向かい、光もない通りを疾走していた。
先頭を駆けるのは焼大人、まるで獣のような脚力で石畳を砕きながら突き進む。
「この道を右、右、左! おっと、そこは崩落だな。では屋根を走るぞッ!」
そう叫ぶやいなや、焼大人は跳躍。
民家の石壁を蹴って屋根に飛び乗り、瓦を粉砕しながら疾走した。
瓦片が雨のように降り注ぐ。
「ちょ、屋根はいらないでしょ屋根は!」
リセルが悲鳴を上げるが、すでに焼大人は数軒先まで駆け抜け、手を後ろに振って誘う。
「遅れれば置いてゆくぞ! なんの、脚がなければ腕で走れッ!」
「いや腕じゃ走れねえから!」
とライアン。
だが仕方なくリクたちも瓦礫を蹴って屋根へと取りつく。
* * *
しんがりのDaiは優雅な速度で地上を駆けていた。
肩から斜めに吊った革ケースの中でワインボトルが軽く揺れる。
その足元をコルクが並走し、耳を立てて周囲を警戒している。
鼻先がわずかに鳴るたび、Daiは剣に手をかけた。
路地の暗がりからゾンビペンギンが刃物を振り上げて飛び出す──瞬間、コルクが吠え、牙を見せて飛びかかった。
バランスを崩したゾンビがよろめいた隙に、Daiの細剣が喉元を貫く。
「……静粛に願います。深紅のソースは好みませんので」
血飛沫ひとつ上げず、静かにゾンビを横たえる。
コルクは鼻をくんくんさせ、尻尾を振った。
「偉い子ですね。次が来るまで少しだけ先をお願いできますか?」
コルクは短く吠え、闇へ駆けた。
数呼吸後、遥か先で低い唸り声。
Daiは仲間の背を護りながら歩幅を速めた。
* * *
屋根伝いに跳んでいた焼大人が突然停止し、拳を握りしめる。
視線の先、隣家の梁にゾンビペンギンが数十体、びっしりと列を作っていた。
「む……見事な隊列。ならば、崩してみよう!」
焼大人は肩を回すと、拳を突き出した。
衝撃波が走り、梁ごとゾンビペンギンを粉砕。
続けざまに跳躍し、着地と同時に掌底を打ち込む。
ゴ ド ォ 。
石畳が陥没し、十体ほどが土煙の中で四散した。
「ひ、引くわ……」
エリナが顔を引きつらせる。
リセルも
「うちのギャグ担当どころじゃない」
と目をそらした。
「ふむ、温まってきたな。そろそろ本気の半分を出すか!」
「いや、まだ半分だったの!?」
ライアンとリクが同時に突っ込むが、焼大人はすでに次の屋根に飛び移っている。
* * *
コルクの吠え声が三度続けて響いた。
Daiは振り返りざまに短剣を投げ、暗闇の中で潜んでいたゾンビを一体仕留める。
すぐに剣を抜き直し、追ってきた二体を切り払った。
「後方、処理いたしました。どうぞお急ぎを」
薄く笑うその頬に、一筋の返り血すら乗っていない。
* * *
競技場跡地に到達すると、空気は一変した。
巨大な円形闘技場の外壁の前で、漆黒の鎧騎士団が必死の防戦を続けていた。
「陣を崩すな! 盾を上げ──ぐっ!」
隊長格と思しき騎士が叫ぶが、その盾ごと粉砕され、巨体が吹き飛んだ。
正面に立つのは、憤怒の魔人あいおー。
筋繊維の盛り上がった腕が赤黒く脈打ち、地面を打つたびに石粉が煙のように舞う。
「お前ら、弱すぎるぞォォ!もっと俺の怒りを受け止めろォォ!! 」
一撃、二撃。拳が振り下ろされるたび、騎士が壁に叩きつけられ、甲冑がバラバラに砕けた。
「援軍の予定は……っ、ないのか!?」
「――俺たちで止めるしかねえ! せめて時間を……! 団長が戻るまで耐えるんだ!」
「矛先を外に向けさせろ! 地下に陛下が──ぐああッ!」
断末魔と金属音が交錯する。
リクはその惨状に息を飲んだ。
血に塗れながらも剣を握り直し、立ち上がろうとする騎士たちの背に、あいおーの影が覆いかかる。
「もう持たねえぞォォ!」
最前列の騎士が悲鳴を上げた――次の瞬間、焼大人が闘技場の外壁を飛び降り、あいおーの拳を真っ向から受け止めた。
ゴガンッ!
空気が震える。
石畳が蜘蛛の巣状に割れ、風圧で砂塵が巻き上がる。
「ふむ、いい腕だ。だが拳士の名に懸け、この拳で凌いでみせよう!」
焼大人の瞳が燃え立つ。
騎士たちは呆然としながらも、視線を彼に向けた。
「……な、なんだあの坊主は……」
リクが剣を抜き、声を張り上げる。
「騎士団の皆さん! 俺たちも参戦するぞ!!」
剣が、弓が、槍が閃き、血と怒号が闇を裂く。
月光は競技場跡地を照らし、戦場を銀色に染めていた。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」




