第78話:奪還作戦、始動
王都近郊の防衛拠点、本部天幕。
ロビンは一同を前に、地図を広げながら静かに語り始めた。
「……現在、王都に居座っている敵は二体の魔人。ひとりは《憤怒の魔人・あいおー》。もうひとりは《暴食の魔人・ロイヤルペンギン》だ」
緊迫した空気の中、リクたちは真剣な眼差しでその名を受け止めた。
「ロイヤルペンギンは、特殊な能力を持っている。あらゆる生物を“喰らい”、それを基に《アルファ因子》を持つゾンビペンギンを生み出す。問題はこのゾンビたちが、ロイヤルペンギンと“パス”でつながっているという点だ。何体と繋がっているかは不明だが、ある程度の限界があるようだな」
ロビンは地図の王都内を指でなぞりながら続けた。
「このパスによって、王都内外に散ったゾンビたちからの情報が、ロイヤルペンギンにリアルタイムで届いている。つまり奴は、ほぼ無尽蔵に情報網を張り巡らせているのと同じということだ」
リクたちの背筋に緊張が走る。敵がただの暴力ではない、情報戦においても優位にあると知ったからだ。
「そして、もう一体――あいおーは、完全なパワータイプ。日頃から鬱屈した憤怒を内に抱えており、それを破壊衝動として解き放つことで自我を保っているようだ。奴の一撃は城壁すら砕く。まともに受ければ、騎士団ですらひとたまりもない」
静まり返った天幕内。ロビンはそこで、ふと目を伏せた。
「……これらの情報は、ゼインと《蒼天の剣》騎士団が命と引き換えに得たものだ」
ユリウスが拳を握りしめた。
「……ゼインが……」
「ああ。彼は憤怒の魔人と戦っていた最中だった。だが――その時、予想外の事態が起きた」
ロビンの目が険しくなる。
「“裏十三夜”と名乗る謎の組織による自爆テロだ。王都周囲に紛れ込んでいた組織の者たちが、まるで孤児のような子どもを連れて、泣きながら城壁に突入した。直後、爆発。城壁は破壊され、ゼインはその隙を突かれ討たれた」
場の誰もが息を飲んだ。
「……女王陛下の安否は未だ不明だが、陛下の側には元々、《アザラシッム》総帥が常に付き従っていた。そして、城壁が崩壊した混乱の最中、《漆黒の鎧》団長・サクラも陛下の避難支援に向かった」
ロビンは目を伏せながらも、声に力を込める。
「だが、その後、王都内の指揮系統は完全に寸断され、両名の所在も分かっていない」
だが次の瞬間、ロビンは鋭く顔を上げる。
「それでも、まだ終わってはいない。――今から、王都奪還作戦を始動する」
その言葉に、リクたちは身を引き締める。
ロビンは天幕の中心に立ったまま、静かに全員を見渡すと、改めて口を開いた。
「――君たちに頼みたいのは、王都への潜入だ」
その一言に、空気が変わった。
「目的は三つ。まずは女王陛下の無事を確認すること。陛下には《アザラシッム》総帥が常に付き添っていたが、城壁崩壊後、さらに《漆黒の鎧》団長サクラが合流したと見られている。だが、それ以降、彼らの所在は不明だ」
ロビンは拳を握りしめ、低く言葉を継いだ。
「第二に、彼らと合流し、連携を取ってほしい。《漆黒の鎧》の守る力は突出しており、サクラ団長とアザラシッム総帥が健在なら、女王陛下の保護は成されているはずだ」
そして、視線を鋭くして続ける。
「そして第三――王都内部の情報を収集し、魔人を各個撃破する足がかりを築くこと」
一拍の間を置き、ロビンは後方に控えていた男を呼んだ。
「君たちを支援するため、私の信頼する戦力を一人、同行させよう。……焼大人、前へ」
「ワシの名は焼大人!点心の極にして、焼売の化身!かつて大陸三十六拳王を破り、五千里を駆け抜けた無敵の男よ!」
「三十六拳王……?」
「五千里!?」
リセルとライアンが小声で驚く中、焼大人はさらに胸を張る。
「かつては"人間兵器"とも呼ばれたが、今はただの通りすがりの拳士よ。だが、拳の道は捨てておらん! ワシが貴様らを地獄の門まで案内してやる!」
「あ、案内だけでいいです……」
リセルが引き気味に呟いたが、ロビンは真顔で補足した。
「戦えば頼りになるだろう。だがそれ以上に、王都の裏道や地下の地形にも詳しい。君たちの潜入を助けてくれるはずだ」
焼大人は軽く一礼した。
「よろしく頼む」
その声にリクたちは素直に頭を下げた。
ロビンは頷き、今後の全体の作戦を語り始める。
「私とユリウスは、王都の西側から正面突破による陽動作戦を展開する。目的は魔王軍の注意を引きつけること。そして、その間に君たちは裏道を抜けて王城へと接近してもらう」
「……俺たちが女王陛下を見つけ、無事なら合流する。そして、女王陛下と連携して反攻作戦に移るってことだな」
ライアンが確認すると、ロビンは頷いた。
「そのとおり。そして、君たちの進行を支援するため、《白銀の矢》副団長“なん”が率いる二百名の選抜兵を、裏通路周辺に配置する」
なん副団長――白銀の矢の副長であり、冷静かつ迅速な指揮で知られる実力者だ。
「彼らが君たちのつゆ払いをしつつ、進路を確保する。万が一、正面作戦が突破された場合にも備える意味もある」
ロビンは最後に、一枚の紙を差し出した。
「まずは、王都でDaiという名の男を探してくれ。彼は王都でバーを営んでいた元傭兵で、地下の情報網を今も握っているはずだ。必ず、何らかの手がかりを持っている」
「Dai……分かった」
リクは紙を受け取り、拳を軽く握った。
「やるしかないな。女王陛下も……、まだ、きっとどこかで無事を願ってる」
「――いや」
ロビンは言った。
「願っているのではない。あの方は、必ず生き延びている。私は、それを信じている」
その言葉に、誰もが背筋を正した。
今、王都奪還作戦は、静かに始まりの鐘を鳴らしたのだった。
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