第3話:リクの信念と偶然の出会い
リクの両親――ガイルとリナは、彼が幼い頃からいつもこう語っていた。
「強さとは、誰かを助けるために使うものだ」と。
なかでも、父であるガイルはその思いを何度も口にしていた。
大きくて頼りがいのある背中。無骨ながら温かみのある手。狩りに出ているときも、薪を割っているときも、ふとした瞬間にリクへ教え諭すように言葉を投げかけた。
「リク。お前が強くなりたいって思うのは、とてもいいことだ」
「うん、父さん」
「でもな、力は自分のためだけに使ってはならん。真に強い者とは、困っている者を見捨てない者だ。助けを求める声に気づける者だ」
その言葉はリクの胸に深く染み入り、いつしか彼の行動指針となっていた。
「困っている人を助ける……わかった! 僕、絶対そういう人になるよ!」
「いい返事だ。そのまま進めば、お前はきっと誰かを守れる強さを手に入れるだろう」
その言葉を思い出すたび、リクの中に熱い炎が灯った。
剣を握る理由。走る理由。毎朝欠かさず鍛錬する理由。それはすべて、誰かを救いたいという思いから来るものだった。
* * *
ある日の夕方、リクはいつものように森の中で剣術の訓練を終え、汗を拭きながら村へと戻る道を歩いていた。
陽は落ちかけ、あたりは赤く染まり始めている。
虫の声が草むらから聞こえ、鳥たちは巣へと帰り始めていた。
そんなときだった。
「……ん?」
リクはふと足を止めた。風に混じって、どこかからかすかな嗚咽が聞こえた気がした。
耳を澄ます。
泣いているような声。重なるように、怒号と何かを叩くような鈍い音が遠くから響いてくる。
「誰かが……襲われてる?」
危機を察知したリクは、一瞬の迷いもなく音のする方へと駆け出した。
茂みをかき分け、小道を抜けてたどり着いた先にあったのは、信じられない光景だった。
そこにいたのは数人の村人と、地面に倒れ込んだひとりの少女――エリナ。
「化け物め……!」
「この村に災いをもたらすな!」
「二度と姿を見せるな!」
怒りに任せた罵声とともに、村人たちは手に持った棒で彼女を容赦なく叩きつけていた。
エリナは怯えたように地面に伏せ、声も出さずにただ震えていた。
その姿を見た瞬間、リクの中で何かが爆発した。
「やめろっ!!」
怒声とともに、リクは迷わず人々の間に飛び込んだ。
その突然の登場に、村人たちは驚き、手を止めた。
「リク!? 何をしているんだ!」
「こいつは村に不吉をもたらす魔女だぞ!」
「近づくんじゃない! お前まで呪われるぞ!」
口々に言い立てる村人たちの言葉に、リクは一歩も引かなかった。
その目には揺るぎない決意が宿っていた。
「そんなの、信じられるかよ……!」
「お前たちは、自分たちが理解できない力が怖いだけだ! それを理由に、弱い者をいじめてるだけだろ!」
「黙れ! 子どもが偉そうに口を挟むな!」
「子どもだろうが関係ない!」
リクは一歩前に出て叫ぶ。
「力は、自分のためじゃなく、困っている人を助けるためにある! 俺は、そう教えられてきた! だから俺は、誰であろうと……傷つけられてる人を見過ごしたりしない!」
その言葉は、あまりに真っ直ぐで、まっすぐ過ぎて――村人たちは言葉を失った。
誰もが、少年の瞳に宿る光を直視できず、気まずそうにその場を立ち去っていく。
しばらくして辺りが静かになると、リクはゆっくりとエリナに近づき、そっとしゃがみこんだ。
「……大丈夫?」
優しい声に、エリナはおそるおそる顔を上げた。
その緑の瞳には涙が溜まり、頬には赤い腫れが残っている。
言葉を紡ぐのも難しそうに、彼女は小さな声で呟いた。
「……どうして……助けてくれたの?」
「どうしてって……そんなの、決まってるじゃん」
リクはにっこりと笑いながら答える。
「困ってる人を助けるのは、当たり前のことだよ」
「でも、私は……皆に気味悪がられて……怖がられてて……」
「関係ないよ。お前が何者だろうと、俺にとっては“助けが必要な人”だった。それだけさ」
その言葉に、エリナはぽろぽろと涙をこぼした。
誰にも言われたことのない、温かくて、まっすぐで、真剣な言葉。
――初めて「人」として扱われた気がした。
その日、エリナの中で、冷たく凍りついていた何かが、わずかに溶けた気がした。
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