第72話:楽園の誘惑
ルルに導かれ、リクは森の奥にある大きな樹の根元――まるで秘密基地のような場所にたどり着いた。
「ただいまー!」
ルルが声を上げると、樹の奥から三つの影が現れる。
最初に飛び出してきたのは、黒地にカラフルな模様を散らしたクマのような生き物、kino。
好奇心たっぷりの目を輝かせて、リクをぐるぐる回りながら観察する。
「ルル、誰だよこの面白そうなヤツ!」
次に、透き通るエレメントのような身体を持つととみが、ふわりと浮かびながら寄ってくる。
優しく、だがどこか神秘的な視線をリクに向けていた。
最後に、つるんとした丸みを帯びた黄色いゴーレム、ぬぼーが、
のそのそと現れ、ゆっくりと「ぬぼー……」と一言だけ呟く。
ルルは嬉しそうにリクを振り返った。
「紹介するね。kino、ととみ、ぬぼー。私の大事な友達」
リクは驚きつつも、ルルに促され、ぎこちなく自己紹介をする。
「リクっていうんだ」
kinoが目を輝かせてリクに飛びつきそうな勢いで言った。
「へえー! なんか面白そうなやつ連れてきたね!」
ととみは静かに浮かびながら、リクをじっと見つめている。
ぬぼーは相変わらず、のんびり「ぬぼー……」と呟いていた。
ルルは事情を簡単に説明すると、kinoたちは大喜びで言った。
「それなら今日は歓迎パーティーだ!」
「えっ、いや、俺は――」
* * *
やがて、暖かなランタンの灯りがともり、木の実や花蜜、甘い果実酒のような飲み物が並べられた。
「リク、これ食ってみろよ!」
「こっちのジュースも最高だよ」
kinoとととみが次々と料理や飲み物を勧めてくる。
ぬぼーはのそのそと木の実を運びながら、「ぬぼー……ぬぼー……」と満足そうに呟いている。
リクは断ろうとするが、あまりに楽しそうに笑う彼らを前に、どうしても拒みきれなかった。
「……少しだけ、なら」
座らされ、食べさせられ、歌まで教え込まれるリク。
kinoの小さな太鼓、ととみの涼しげな音色、ぬぼーがリズムをとりながら踊る。
その光景は、どこまでも平和で、温かかった。
リクも思わず、少しだけ笑ってしまう。
「……悪くないな、こういうのも」
エリナたちのことが頭をよぎるたび、焦りもあった。
だが、こうして過ごしている時間も、どこか大切に思えてしまう。
だからこそ――
(……いや、ダメだ)
リクは意を決し、ルルに向き直る。
「なあ、ここに仲間は来てないし、そろそろ探しに行きたいんだが」
ルルは不満そうに頬を膨らませた。
「えー、まだいいじゃない。せっかくの宴なんだから、もう少しだけ……」
再び宴が始まり、時間が過ぎていく。
リクの中で、焦りと葛藤が膨らんでいった。
* * *
時が経つにつれ、リクの焦りは限界に達していた。
(……もう、待てない)
ついに立ち上がり、ルルに向き直る。
「……悪いけど、俺は行く。これ以上は待てない」
その言葉に、ルルだけでなく、kinoやととみ、ぬぼーまでが慌ててリクに駆け寄る。
「ちょ、ちょっと待ってリク!」
kinoが腕を振り回し止めに入る。
「まだ遊び足りないって! これからもっと楽しくなるからさ!」
「そうだよ! ここにいれば、ずーっと楽しいのに!」
ととみも空を飛びながら、リクの前に立ちはだかる。
「ぬ……ぬぼ……ぉ……」
ぬぼーは言葉にならない声をもらしながら、リクの裾をそっと掴む。
リクは拳をぎゅっと握りしめ、苛立ち混じりに言った。
「……最初に言ったよな。俺は仲間を探してるって」
ルルは小さく肩をすくめ、目を伏せた。
「……ごめんね、リク。でも、もう少しだけ……一緒にいたかったの」
kinoとととみがリクの腕を掴み、ぬぼーが裾を離さず、全員で必死に止めようとする。
「リク、ここにいれば寂しくなんかないよ!」
「外に戻っても……辛いこと、待ってるだけでしょ?」
「ぬぼぉ……」
リクは静かに首を振り、息を吐いた。
「探すの手伝うって……そう言ったよな? それなのに……」
鋭く突き刺さる言葉に、ルルは堪えきれずに唇を噛みしめる。
「……ごめんなさい」
「……ルル、最初からその気なんてなかったんじゃないのか?」
ルルは小さく頷き、目元を潤ませる。
「本当は……リクにずっと、ここにいてほしかったの」
リクは目を細めて、静かに問いかける。
「……どういうことだ?」
ルルは俯き、絞り出すように言った。
「……ここは、私たちだけの場所なの。 外には……出られない。 人間がここに来たのは……リク、あなたが、たぶん……百年ぶりくらい」
kinoが横から口を挟む。
「だから、すごくうれしかったんだ! こんなに楽しいの、初めてだったから……」
ととみも、必死に言葉を繋ぐ。
「ずっとここで……誰かと遊べる日が来るなんて思わなかった」
「ぬ……ぬぼ……」
ぬぼーも寂しそうに、リクを見上げる。
リクは目を閉じ、深く息を吐きながら言った。
「……君たちに悪気はないってわかってる。 でも、俺には……どうしても帰らなきゃいけない場所がある」
ルルはゆっくりと顔を上げ、指を森の奥へと伸ばす。
「……あの先を、まっすぐ進めば……きっと出られる」
リクはその指先を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「ありがとう。……ここは、本当に楽しかった」
ルル、kino、ととみ、ぬぼー。
リクは、彼らに一度だけ深く頭を下げる。
ゆっくりと踵を返し、森の奥へ向かおうとした――その瞬間。
「リク!」
振り向いたリクの前に、ルルが羽をバタつかせ寄ってきた。
ルルは俯いたまま、少しだけためらったあと、腰に下げていた小さな袋をそっと取り外す。
「これ……持っていって。きっと、あなたの役に立つから」
リクは目を細め、ゆっくりとその袋を受け取った。
「……ありがとう、ルル」
ルルは泣きそうな顔で、それでも無理に笑顔を作った。
「……また……会えるといいね」
kinoが小さく手を振り、ととみが寂しそうに体を震わせる。
ぬぼーは最後までじっとリクを見つめ、かすかに「ぬぼー……」と呟く。
リクは深く息を吐き、静かに歩き出す。
もう、後ろは振り返らない。
仲間たちが待つ、帰るべき場所へ向かって。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
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