第71話:森に揺れる青い影
テルマ村が崩れ去った翌朝――。
リクたちは王都への帰路を歩いていた。
重苦しい夜を越えたものの、全員が無言になりがちな道のりだった。
それでも、時折エリナやリセルが小さく言葉を交わし、ライアンが冗談を投げ、ユリウスがそれをたしなめる。
ほんの少しでも、気を紛らわせようとしているようだった。
だが――。
気付けば、森は白い靄のようなもので包まれ始めていた。
森の深部でもないのに、妙に視界が悪い。
「……おい、みんなどこだ?」
ふと、リクは自分が一人になっていることに気付いた。
「エリナ? ライアン? リセル……?」
返事はない。
焦りを感じながら、リクは茂みをかき分け、霧の中を進んだ。
* * *
そのとき、目の前にふわりと青白い光が揺れた。
「……?」
リクが足を止めると、光の中から
小柄で、艶やかな雰囲気をまとった妖精のような存在が姿を現した。
澄んだ瞳に、透き通る羽――
まるで霧の中でだけ生きているような、不思議な存在感を放っていた。
だが、その後ろから――
「ルル・サンジョちゃーん! 今日も最高に可愛い! 大好き!」
リクが思わず硬直するほど、ハイテンションな声。
飛び出してきたのは、ウサギのような奇妙な生き物。
耳は長く、目をキラキラさせながら妖精を追いかけている。
「もうやめてって言ってるでしょ! しつこいのは嫌いなの!」
「待ってよ! 少しだけでいいからさ!」
明らかに困っている妖精に、リクは一歩踏み出した。
「おい、ちょっと待て!この子、困っているじゃないか」
その一言に、ウサギ――スニコラはピタリと動きを止めた。
「えっ……?」
リクは真剣な表情で続ける。
「相手の気持ちを考えろ。どれだけ好意があっても、無理に近づいたら迷惑になる」
スニコラは、耳をしゅんと垂らし、しょんぼりとうつむく。
「……ご、ごめん……」
ポソリと謝ったその声は、今にも泣きそうな震えを帯びていた。
「オレ……その……べ、べつに、ルル・サンジョちゃんを独り占めしようとか、そんなんじゃ……ないんだ」
小さな声で、モジモジと指を突き合わせながらスニコラは続ける。
「み、みんなのアイドル……いや、みんなのルル・サンジョだってことは……わかってた。だけど、ちょっとだけ……オレのことも、覚えててほしかっただけで……」
視線を泳がせ、足元で小枝を踏みつけるようにぐりぐりと地面を擦るスニコラ。
どこか気まずそうに、早口でボソボソと続けた。
「……べ、べつにオレのものにしようなんて、これっぽっちも思ってないし……でも、ほんの少しだけ……あの、オレって存在を、認知してくれたら……それだけで、もう、幸せだったんだ……」
ふっと肩を落とし、スニコラは深々と頭を下げる。
「……ルル・サンジョちゃん、ごめん……オレ……もう、迷惑かけないようにするから……」
それだけを絞り出すように言うと、スニコラはトボトボと、森の奥へと去っていった。
後ろ姿は、どこか寂しそうで――
それでも、少しだけ吹っ切れたような、そんな雰囲気だった。
* * *
静かになった空間で、妖精がリクに向き直る。
「……ありがとう。助かったわ」
「いや、こっちこそ騒がせて悪かった」
リクが頭をかくと、妖精が小さく微笑む。
「私は、ルル。よく“ルル・サンジョ”って呼ばれるけど……本当はただの“ルル”なの」
「ルル・サンジョ……?」
「私の鱗粉、傷や病に効くらしくてね……三錠飲めば治るって、昔からそう言われてるの。だから、誰からともなく“ルル・サンジョ”って呼ばれるようになったの」
リクは苦笑した。
「妙なあだ名だな……」
「でしょ?」
二人が少しだけ和んだ空気に包まれたそのとき――ルルがふと思い出したようにリクに尋ねた。
「……ねえ、さっき誰かを探してたの?」
リクは驚き、目を見開く。
「……どうして、そう思った?」
ルルは小さく首をかしげ、リクを見上げる。
「スニコラの相手をしながらも、ずっと周りを気にしてたでしょう?誰かの名前を呼びながら歩いてたのも、聞こえてたの」
リクは言葉を失った。
自分では気付かぬうちに、声に出して仲間の名を呼んでいたのだと気付く。
「……ああ。仲間とはぐれてしまったんだ」
ルルは、そっと羽を揺らして微笑む。
「私の住処には、森で迷った人が時々入り込んでくることがあるの。もしかしたら、あなたの仲間もそこにいるかもしれない」
ルルは空に舞い上がり、くるりと一回転してリクの前に手を差し出す。
「探すのも手伝うし……さっき助けてくれたお礼もしたいの。来てくれる?」
リクは少しだけ考えたが、すぐに頷く。
「……ああ。頼む」
ルルは嬉しそうに羽をふわりと広げ、リクを先導するように進み始めた。
リクはその後ろ姿を追い、森の奥へと足を踏み出す。
――不思議な縁と、新たな出会いに導かれながら。
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