第69話:暴走の果てに
魔人の巨体が、再び唸りを上げる。
その咆哮が谷に響き渡るなか、リクたち三人は前線に立ち戻っていた。
深手を負っていたはずの彼らの足取りには、確かな力が宿っている。
(あの光……エリナの魔法が、ここまで回復させてくれたのか)
リクは胸の奥でそう噛みしめると、小さく息を整えた。
「……行けるか?」
隣のライアンに目だけで合図を送る。
「ああ。万全じゃねぇけど……動ける。やるしかねぇだろ」
「十分だ」
ユリウスが短く言い切り、静かに剣を構え直す。
三人のすぐ背後には、弓を構えるリセルと、魔力の流れを見極めているエリナの姿。
エリナはすでに木属性魔法の詠唱を終え、回復と強化を済ませていた。
今はその恩恵の残滓を感じながら、静かに戦況を見守っている。
* * *
「リセル、準備できてる?」
エリナが小さな声で訊く。
「……うん。次の隙、狙うから」
リセルが頷き、矢を番える。
魔人が動く。
前方に立つユリウスへと、一直線に突進してきた。
「来るぞ!」
ユリウスが踏み込み、剣で受け止める。
爪と刃が激突し、火花が飛び散る。
「今!」
その隙を突き、リクとライアンが両側から攻め込む。
「右脚だ、切り崩す!」
「了解!」
ライアンの大剣が魔人の脚に食い込み、リクの斬撃がその脇腹をえぐる。
魔人がわずかにぐらついた――その瞬間。
「……っ!」
リセルが矢を放つ。
狙いは、魔人の後脚。
鋭い矢が風を裂き、関節を貫いた。
「ナイス……!」
リクが呟いた直後、魔人が咆哮を上げる。
バランスを崩しながらも、再び体勢を立て直そうとするその動きは――確かに、鈍っていた。
「あと一歩……!」
リクが剣を構え直し、仲間たちと再び前に出る。
今度こそ、勝機が見え始めていた。
リクたち前衛三人が魔人と交戦を開始し、剣と大剣が激しく打ち合うなか、後方のエリナとリセルも、その隙を逃さず援護に回っていた。
「リセル、あそこ! 右足を狙って!」
「任せて!」
矢が空を裂き、魔人の足元に突き刺さる。
ダメージこそ浅いが、動きにわずかな鈍りが生まれた。
その瞬間――
「……XANAチェーン、展開――!」
エリナの両腕から、緑の光を帯びた“鎖”が伸びる。
それはまるで生き物のようにうねりながら空を走り、魔人の肩口へと一閃。
「《ヴィリディアインバイト》!」
鎖が唸りを上げてしなり、魔人の背中を強かに打ち据える。
ドガンッ!
重い音と共に、魔人の身体が前のめりに揺れる。
その強靭な肉体をもってしても、XANAチェーンの鎖の一撃は確かに効いていた。
「よし、効いてる……!」
エリナの額に汗が滲む。連発はできない。
だが、確実に効果はある。
(これが私の……いま、できる最大の攻撃)
牽制用に撃った先ほどの魔力弾とは違う、明確な“決定打”。
その違いは誰の目にも明らかだった。
「援護は任せて……今のうちに、叩いて!」
「了解!」
リクが叫び、リセルが矢を再び番える。
魔人はなおも暴れるが、リクたち前衛三人と後方の援護が連携を取り始めたことで、わずかに均衡が取れていた。
そして魔人の背が大きくのけ反る。
リクたち三人の連携攻撃に、後衛の援護が噛み合い、流れがこちらへ傾きかけていた。
だが――
「ッ……!?」
ユリウスがわずかに身を引いた。
魔人の体表から、黒い瘴気が溢れ出す。
それは傷口から漏れ出たものではない。
まるで、自らを燃やし尽くすように、内側から吹き上がってくる“魔力の奔流”。
「な、なんだこれ……!」
ライアンが歯を食いしばる。
次の瞬間――
「ぉおおおおおおオオオオオ!!」
魔人が咆哮と共に、地を割るような踏み込みを見せた。
爪が閃き、前衛三人が辛うじて身をかわすが――その一撃は、先ほどとは明らかに“質”が違っていた。
「速……っ!」
「威力も……段違いだ!」
リクの声に、焦りが滲む。
「なんだ……こいつ、まるで死に急いでるみたいな……!」
エリナも呟く。
魔人の動きは粗く、それでいて強烈。
まるで命を削り、無理やり力を引き出しているかのようだった。
「リク、もう持たない……!」
ライアンが膝をつきそうになりながらも、必死に支える。
ユリウスも何とか防ぎながら、顎から血を垂らしている。
(どうする……!)
エリナも魔力を練り直していたが、鎖魔法の再展開にはわずかに時間がかかる。
その時――
「……!」
リクの目が、魔人の隙に気づく。
「……おい、アイツ……」
魔人の動きに、一瞬、ほんのわずかだが遅れが生じていた。
(命を削っている――そうか、これは……!)
その瞬間、リクは駆け出す。
「リク!?」
「奴の動きに……隙ができてる! 今しか!!」
リクは渾身の力で地を蹴り、魔人の懐に飛び込む。
「喰らえ――ッ!!」
振り抜かれた一撃。
その剣は、技術の粋を極めた“裂鋼”。
――《裂鋼》。
一点に込められた斬撃が、魔人の胸元を抉った。
「ぐ、ああああああアアアア!!」
魔人が叫ぶ。
その巨体が、膝をつくように大地を揺らした。
* * *
決定打は入った。
だが魔人は、まだ完全には倒れていない。
血のような瘴気を垂らしながら、なおも立ち上がろうとするその姿に、リクたちは息を呑んだ。
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