第2話:エリナの孤独と虐待
辺り一面に、春の訪れを告げる花々が咲き誇っていた。
桃色の花弁が風に舞い、黄色い小花が陽光を受けて揺れる。草むらからは蜂の羽音が聞こえ、遠くでは小鳥たちが囀っている。
自然の音が重なり合い、ひとつの穏やかな旋律となって大地を包んでいた。
その美しい風景の中に、ぽつんと取り残されたように、ひとりの少女が立っていた。
花の海の中で、まるで時間だけが止まったかのように。動かず、ただ立ち尽くしている。
彼女の名前はエリナ。
陽の光を受けて淡く輝く金髪。翡翠のように澄んだ緑の瞳。透き通るような白い肌と、細く華奢な体つき。
その姿は絵画の中から抜け出してきた精霊のようで、誰もが一目見れば美しいと思うだろう。
だが――その美しさに見合うような、穏やかな日常は彼女には与えられていなかった。
ここはリクの暮らす村から遠く離れた、山に囲まれた辺境の村。
地図にも載らぬ小さな集落で、外から人が訪れることも滅多になく、村の中は閉鎖的で、よそ者を忌み嫌う気質が根深く残っていた。
エリナはそんな場所に“住まわされていた”。
本当の意味での「故郷」と呼ぶには、あまりに寂しく、あまりに冷たい場所だった。
「またあの娘が……不気味な光を操ってるぞ」
「近づくな。何をしでかすかわからん」
「化け物め……人間の顔してるだけだ」
通りすがりの村人たちが、あからさまな敵意をこめた声で囁く。
子どもたちは石を投げ、大人たちは視線を逸らしながら陰口を叩く。
その全てが、確かにエリナに届いていた。
彼女が持つ特異な力――それは、彼女自身が“XANAチェーン”と名付けた魔法だった。
意味はない。ただ、ある日ふと、その名が心に浮かび、自然と口をついて出た。
その力がどこから来たのかも分からない。だが、確かに彼女の中に“ある”のだ。
とくに、あの日。
村を凶悪な魔物が襲ったとき、エリナは無意識にその力を使った。
煌めく光の鎖が空間を裂くように現れ、魔物を瞬時に拘束し、貫いた。
村を救ったのは、確かに彼女だった。
だが――その瞬間から、彼女の運命は音を立てて崩れ始めた。
村人たちは、魔物よりも恐ろしい「得体の知れない力」を持つ存在を恐れた。
「なぜそんなものを持っているのか」「人間ではないのではないか」
――感謝よりも、疑念と恐怖が先に立った。
「気味が悪い」「呪われている」「この村に災いを呼ぶ」
そんな言葉が、石や棒よりも鋭く、彼女の心を深く抉った。
夜には家の前に泥が撒かれ、朝には玄関に呪詛の落書き。
井戸に水を汲みに行けば誰も目を合わせず、すれ違いざまに肘を突き飛ばされる。
孤立無援の日々の中、唯一身を寄せていた老女も、村人たちの目を気にするようになり、徐々に冷たくなっていった。
「今日から飯は自分でどうにかしろ」
「寝る場所も、そろそろ別を探すんだね」
家族はいない。味方もいない。
どこへ行っても、誰と目を合わせても、そこにあるのは拒絶だった。
エリナは、次第に笑うことをやめた。
村の中心には近づかず、村はずれの森のふちに、ひっそりと咲く草花の間に身を寄せるようになった。
――花は、誰にも迷惑をかけない私にも、何も言わずに咲いてくれるから。
「どうして……どうして私だけが、こんな目に遭わなきゃいけないの……」
ぽつりと漏らした声は、春の風にかき消された。
涙が頬を伝い、それすら誰にも気づかれない。
見上げた空は、青く、どこまでも高く広がっていた。
だが、それは自由を与えるものではなく、ただただ遠く、彼女を突き放すように見えた。
(こんな世界に、私の居場所なんて……本当にあるのかな)
誰にも言えない想い。誰にも届かない叫び。
エリナの心は、ゆっくりと、静かに――それでも確かに、孤独という名の闇に蝕まれていった。
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