第68話:再起の芽吹き
――そして、再び世界が動き出す。
止まっていた風が吹き返し、熱を帯びた湯気が渦を巻き、魔人の咆哮が空気を引き裂いた。
耳を劈くほどの振動に、寺の石畳がびりびりと震える。
巨体の魔人が、ぎしりと軋む音を立てて身を起こした。
背から何かを引きはがされたことに気づき、怒りに燃える眼孔がぎらりと光を宿す。
「……あれのせいか……!」
エリナのすぐそばに立つリセルは、思わず矢筒へと手を伸ばした。
心臓は嫌な音を立てて跳ねていたが、その瞳はかえって冴えていた。
だが――魔人の視線は、すでにリセルを射抜いていた。
灼けつくような殺気が一直線に突き刺さり、呼吸すら奪われる。
「やば……完全に、私にロックオンされてる……!」
「リセル、逃げて!」
エリナが必死に叫ぶ。
「無理よ! 今動いたら、一瞬でやられる!」
リセルは素早く構えを取りながら、ちらとエリナを横目で見た。
その顔には恐怖の影もあったが、それ以上に挑む者の不敵な笑みが浮かんでいた。
「……あんた、何か隠してるでしょ?」
「えっ……?」
「さっきの石板に触れてから、あんたの魔力が変わった。――感じるのよ、はっきりと」
彼女は矢をつがえ、唇の端を釣り上げる。
「だから私が時間稼ぐ。あんたは、何とかしなさい!」
「リセル……!」
* * *
倒れたままのリクは、微かに意識を取り戻しつつあった。
「ぐっ……くそ……!」
身体は重く、指先すら思うように動かない。
視界は滲み、世界が斜めに歪んで見える。
それでも耳に届いたのは、仲間を奮い立たせるリセルの声。
(逃げろ……エリナ……!)
その思いは、ライアンにもユリウスにも共通していた。
「俺たちはもう、動けない……あいつらだけでも逃がさないと……!」
胸を締め付ける悔しさと苛立ち。
それでも彼らの瞳には、消えない仲間への想いが灯っていた。
* * *
魔人が、黒い稲妻のように跳躍する。
大地が砕け、火山灰と砂塵が噴き上がる。
「っ……!」
リセルは必死に身を翻し、辛うじて爪の一撃を避ける。
石畳が抉れ、飛び散った破片が頬を裂いた。
「おっそ……でも、二発目はもうこないって……!」
獣のように唸りを上げ、魔人の眼光が再びリセルを捕らえる。
「っ、来るか……!」
(早く……エリナ……!)
* * *
エリナは胸元に手を当て、託された魔力に意識を集中させた。
「XANAチェーン――《フォレストヴェイル》!」
緑の光が彼女の掌からあふれ出し、静かに広がっていく。
それは風のように流れ、倒れたリク、ライアン、ユリウスを包み込んだ。
光はただの癒しではない。
それは、再び戦場に立つための力を呼び起こす――強化の魔法だった。
「……これは……!」
ユリウスが呻き、目を見開く。
「回復だけじゃねぇ……力が……溢れてくる……!」
ライアンが歯を食いしばり、地面を押し返す。
「エリナ……これ、お前が……」
リクが呟き、剣を杖にしながら立ち上がろうとする。
エリナはうなずいた。
「Hinaの力。……私に、託してくれたの!」
* * *
そのとき、リセルの足が土に取られてもつれた。
「――っ!」
巨体が迫る。
影が覆いかぶさり、鋭い爪が目前に迫った。
(これまでか――)
刹那、横から閃光が走った。
「間に合ったあああああッ!!」
リクの剣が、唸りを上げて割って入る。
金属の衝撃音が轟き、火花が散った。
「リセル、下がれッ!!」
さらにライアンの大剣が重く振り下ろされ、ユリウスの刃が鋭く閃いた。
魔人の進路を塞ぐ三人の影が、壁のように立ちはだかる。
「遅くなって、悪かったな……!」
「だがもう、好きにはさせん!」
三人の前衛が、再び盾となって立ちはだかる。
「……みんな……!」
リセルが、ようやく安堵の息を吐いた。
* * *
砂煙と血の匂いの中。
彼らは傷だらけで、満身創痍だった。
だが――今度は違う。
エリナの新しい力が、彼らを再び立ち上がらせた。
それは単なる回復ではなく、“希望”という名の鎧だった。
「いくぞ……この手で終わらせる!」
再起した五人の前に、怠惰の魔人が唸りを上げる。
――新たな反撃の幕が、今まさに上がろうとしていた。
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