第67話:封印の彼方から
* * *
世界が、凪いだ。
風は止まり、音は遠ざかり、霧の中に立つ魔人の姿さえ、静止した映像のように揺れていた。
その中心に、エリナがいた。
石板に触れたその瞬間から、彼女の意識は“ここ”に導かれていた。
「……ここは……?」
ぼんやりと白く霞む空間。
足元の感覚も曖昧なその世界に、エリナはひとり立ち尽くす。
ふと前方――淡く輝く光が静かに収束し、やがて一人の女性の姿が浮かび上がった。
茶色の髪がやわらかく波打ち、琥珀色の瞳がまっすぐにエリナを見つめている。
額に乗せた透き通るゴーグル、耳元に揺れる宝石のようなイヤリング。
青と紫を基調とした装束は、まるで異国の王族か、神殿の巫女のような気品をまとっていた。
女性の姿が、はっきりとした輪郭を持ってエリナの前に現れる。
「ようやく……会えたね」
その唇からこぼれた声は、不思議なほどあたたかく、まっすぐ心へと届いた。
「あなた……誰……?」
エリナが問いかけると、女性は静かに頷く。
「私はHina。XANA: Genesis #0582。そして……この地に“嫉妬の魔人”と共に、封印されていた存在」
「……封印されてたの?」
「ええ。でも……はっきりとは思い出せないの」
Hinaはわずかに視線を落とし、寂しげに微笑んだ。
「突然、強い力に引きずり込まれるような感覚があって……気づいた時には、もうこの場所にいたの。――嫉妬の魔人と共に」
「……巻き込まれたってこと?」
「たぶん……そう。私自身、なぜここに閉じ込められたのかも、何が起きたのかも……全部は思い出せないの」
Hinaは首を横に振り、静かに言葉を続けた。
「ただ、ずっと……誰かが来てくれるのを待っていた。それだけは、確かに覚えてる」
「……どうして私に、あなたの姿が見えるの?」
「XANAチェーンが、あなたと私を繋げてくれているからよ。魂や記憶ではなく、もっと根源的な――回路のような絆が、ね」
Hinaの言葉に、エリナの胸がざわつく。
(この感覚……懐かしい。けれど、思い出せない。まるで何か、大切なものが眠っているような――)
「Hina……お願い。あなたの力を、私に……!」
エリナの願いに、Hinaはそっと目を細めた。
「ええ。私はずっと、それを望んでいた」
そう言って、Hinaは両手をそっと胸元に重ねる。
そこに、淡く透き通る光が灯った。
光は水のように流れ、やがてふわりとエリナの胸元へ吸い込まれていく。
「これは……!」
電子音のような響きが、意識の奥で鳴り響いた。
《Genesisカード Hina 取得》XANAチェーンに木属性 Lv1付加
「木の……魔法……?」
「ええ。あなたの中のXANAチェーンが、新たな力を受け入れたの。私と――繋がったから」
「この繋がりが、あなたを導いてくれる。だから信じて。あなたなら、きっと乗り越えられる」
その瞬間、エリナの体の内側に、確かな“回路の走り”を感じた。
乾いていた力の流れが潤い、新たな生命のように巡り始める。
それはまさに、再起の力――治癒と再生の魔法が、彼女の中で目を覚ました瞬間だった。
「ありがとう……Hina……!」
エリナは、溢れる想いを押し込めるように言った。
Hinaは静かに微笑み、光の粒子へと姿を変えていく。
「この力は、これまでの表面的な癒しとは違う。……本当の意味で、仲間を救える力。どうか、みんなを守って。エリナ……あなたなら、きっとできる」
「また……会える?」
その問いに、Hinaは最後にもう一度、力強く頷いた。
「ええ。きっと、またどこかで」
そして――Hinaの姿は、風に散るように、ゆっくりと空へ消えていった。
その優しさと力強さを胸に、エリナは目を開ける。
(行かなきゃ――私が、みんなを……!)
世界が、再び動き出す。
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