第66話:砕かれた均衡
轟音。
赤黒い巨影が荒れた川沿いの道を踏み潰し、迫り来る。
だが、リクたち五人は怯まなかった。
「エリナ、援護頼む!」
「詠唱完了……! 撃つわよ!」
エリナの杖から放たれた魔力弾が、魔人の脚を直撃する。
動きが鈍った瞬間を狙い、リセルが肩口を射抜いた。
「ライアン、今だ!」
「おうよォッ!!」
唸りを上げて振り下ろされた大剣が、魔人の脇腹を抉る。
「トドメ……とまではいかなくても、削らせてもらうぜッ!」
リクが踏み込み、剣閃を一閃。
魔人の首筋をかすめ、血のような瘴気が迸る。
ごぉぉ……!
魔人の巨体がわずかに揺らぎ、バランスを崩す。
「……効いてるッ!」
ライアンの声に、仲間たちの士気が一瞬高まる。
だが、それが――悲劇の始まりだった。
* * *
「油断するな!!」
ユリウスの叫びが響くや否や、魔人の口元から禍々しい黒煙が噴き出した。
「なっ――!?」
黒煙は螺旋を描きながらユリウスにまとわりつき、そのまま弾けるように爆ぜた。
「ぐあああああッ!!」
ユリウスが吹き飛ばされる。
巨岩に背を打ちつけ、血が地面を濡らした。
「ユリウスッ!!」
「ッく……まだ、動ける……が……っ!」
剣を支えに立ち上がろうとするも、その足はもはや踏ん張れなかった。
そして――
「こいつ……!」
ライアンが叫び、魔人の突進を横から止めにかかる。
だが、それを見越していたかのように魔人の爪が振り抜かれる。
「ぐっ……!」
大剣を受けに使うも、衝撃で全身を打ち、岩に叩きつけられる。
「がっ……あ、あああッ!」
リクが反応するより早く、魔人の脚が地面を蹴り、もう一撃。
「――っ!!」
「……ライアン!!」
リクが駆け寄ろうとする、が――
「……ッ!!」
魔人の巨体が再度跳躍。
その着地と同時に爪が走り、リクの腹部を切り裂いた。
「が、あああああっ!!」
血飛沫が舞う。
剣が手から滑り落ち、リクの身体が地面に崩れ落ちる。
ドサッ――
砂煙が立ち上がり、そこに横たわるリクの胸元から、赤い血がじわりと滲んだ。
「リク! ライアンッ!!」
エリナとリセルの叫びが重なった。
前衛が崩れた。
だが――魔人は止まらない。
渇きの塊のような異形が、地を裂きながらにじり寄ってくる。
その目に理性はなかった。
あるのは、ただ破壊と嫉妬の飢え。
「く……」
エリナが杖を構えたが、震える足が動かない。
リセルも矢を番えようとするが、その表情には焦りと限界の色が滲んでいた。
だがそのとき――
ギリ……と、何かを噛み締めるような音。
「……終わってない……」
血を滴らせながら、リクが立ち上がった。
よろめきながら、それでも剣を再び手に取る。
「俺が立たなきゃ……みんな……死ぬ……」
続いて、地を蹴る音。
ライアンが、血でぬめった手で大剣を担ぎ直す。
そして――ユリウスが剣を支えに立ち上がる。
口は結ばれていたが、その瞳だけは静かに、揺るぎなかった。
三人の男が、ボロボロの身体で、それでも前に出る。
倒れそうな足に力を込め、砕けそうな膝を踏み出し、傷を無視して武器を握る。
「……直接戦えるのは、俺たちだけだ」
「俺たちが前に出なきゃなっ……!」
「どんなに傷ついていても……! まだ、動ける限り――!」
リク、ライアン、ユリウス。
三人の戦士が、再び魔人の前に立った。
その背後に、エリナとリセル。
それが、いまこの場にある――最後の布陣だった。
「もう……まともに動けるのは私たちしか、いない……」
リセルが矢を握る手を震わせる。
「ダメ……このままじゃ、みんな……!」
絶望が、すぐそこまで迫っていた――
* * *
その時だった。
「……あれ……?」
エリナが魔人の背中に目を向け、息を呑んだ。
「NFTDuelカード……?」
赤黒い毛並みに半ば埋もれるように、それは貼りついていた。
遺跡で感じた、あの違和感――間違いない。
それと同じ“気配”が、魔人の背から漂っていた。
「リセル……あれ、射ち落とせる!?」
「は!? 魔人の背中って……あんなの狙ってどうするのよ!」
「お願い……! 理由はあとで説明するから!」
リセルはわずかに睨みながらも、鋭く舌打ちし、素早く矢を番える。
「……ったく、信じるよ……!」
狙いはただ一つ。
魔人の背中に光る、小さな石のような板――
ヒュッ!
空気を裂く音もなく、矢は一直線に飛ぶ。
――カァンッ!
金属とも硝子ともつかない、澄んだ音が響いた。
次の瞬間、石板は魔人の背から剥がれ落ち、宙を舞った。
「……今!」
エリナは駆け出した。
魔人が僅かに怯んだ一瞬、その隙を突いて跳び込み、宙に浮いた石板に手を伸ばす。
指先が触れた、その瞬間――
世界が、凪いだ。
風が止まり、音が遠のく。
魔人の咆哮すら、聞こえない。
時が緩やかに停止したかのような、完全な静寂が辺りを包み込んだ。
* * *
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