第65話:狂奔のバーサーカー
川沿いの獣道に足を踏みしめ、リクたちは構えを整えていた。
前方――湯気と火山灰を引き裂くようにして、赤黒い異形が姿を現す。
巨大な角。
しなやかで凶暴な四肢。
獣とも神ともつかぬその巨体が、まさに地を喰らうかのように迫ってくる。
「正面は俺が受ける。お前たちは脇から援護を!」
鋼のような声を放ったのは、ユリウスだった。
傷の痛みに表情一つ変えず、剣を静かに構える。
その立ち姿は、まるで盾そのもの。
王国最前線で鍛え上げられた男が、仲間を守るため最も危険な役目を引き受けた。
「すまん、頼む……!」
リクが短く頷く。
彼はライアンと共に側面へ回り込み、リセルとエリナは後方からの援護位置へと移動する。
「こいつ……本当に、感情ってもんがないのかよ……」
ライアンが低く唸った。
距離が縮まるごとに、肌に突き刺さるような気配が強まる。
それは“魔力”とも違う、“殺意の塊”だった。
――それは、狂戦士。
理性も交渉もない。
ただ本能のままに憎しみと嫉妬を燃やし、破壊し尽くす存在。
誰がそう呼んだかも不明だが、その有様はまさに“バーサーカー”そのものだった。
「来る――ッ!!」
リセルが叫ぶ。
次の瞬間、川岸が爆ぜた。
跳躍。
岩を砕き、空気をねじ曲げながら、魔人は一直線にユリウスめがけて突進してきた!
「はああああッ!!」
ユリウスが踏み込み、剣を正面に突き出す。
轟音とともに、剣と魔人の爪が激突。
霧と熱風が弾け飛び、大地が抉れる。
魔人の咆哮が空気を裂く。
その爪は一振りで岩を砕き、足踏みひとつで地を割る。
だがユリウスは怯まなかった。
剣と剣がぶつかるような鋭い音が鳴り響き、衝撃波が周囲の湯気と霧を吹き飛ばす。
「ぐぅっ……!」
ユリウスの足が、ズリッと川べりの岩肌を削る。
それでも崩れない。
押し返す力がある。
――否、押し返している。
「今だ、撃てッ!」
ユリウスの叫びに、後方から一閃の光が走る。
「《閃火槍》!」
エリナが杖を振り抜き、熱を帯びた炎の槍が魔人の背中へと突き刺さる。
だが――
「効いて……ない!?」
リセルの声が震えた。
確かに直撃したはずの槍は、毛皮をかすめただけで弾かれていた。
まるで、魔人の肉体が“拒絶”しているかのように。
「魔法耐性……いや、それだけじゃない……!」
「考えるより先に、削れッ!」
ライアンが叫び、川沿いの土手を駆け上がる。
巨体の側面へ跳びかかり、全身の筋力で大剣を叩き込んだ。
「おおおおおッ!!」
ズバァンッ!!
その一撃は、確かに赤黒い毛並みを裂いた。
だが魔人は、怯むどころか、逆に獣のような唸り声を上げて振り向いた。
「う、わッ!?」
ライアンが咄嗟に跳び下がる。
その直後、魔人の角が薙ぎ払うように空間を裂いた。
「……反応が、速すぎる……!」
「これだけの巨体で、動きが俊敏すぎる!」
リセルが弓を放ちつつ、息を詰める。
――バーサーカー。
知性を持たず、痛みすらも力に変える存在。
攻撃が通じないわけではない。
だが、それ以上に、“止まらない”。
「次、来るぞッ!」
ユリウスが警告する。
魔人は地を蹴り、岩を踏み砕き、再びユリウスめがけて跳び上がった。
正面からの第二撃。
先ほどよりも速い。
重い。激しい――!
「はああああああッ!!」
ユリウスは叫びと共に、剣を斜めに構えて受け止めた。
爪と刃が交錯。
火花が四散する。
その瞬間、エリナが叫ぶ。
「ユリウスの背後、開いてる……! リク、今!」
「……わかってる!!」
リクが全力で地を蹴る。
岩を飛び越え、滑るように魔人の背後へ回り込む。
「うおおおおッ!!」
魔人の足元めがけて剣を横薙ぎに振り抜いた!
ザシュッ!
血が、飛んだ。
だが、次の瞬間――
リクの身体が弾き飛ばされた。
「ぐあっ……!?」
後脚での蹴り。
無意識の反応すら殺意を帯びている。
地面を転がったリクが、歯を食いしばりながら立ち上がる。
「こいつ……どこに斬り込んでも……反撃が速すぎる!」
「そのぶん、攻撃の後に“わずかな隙”が生まれる」
ユリウスが叫ぶ。
「……そこを狙うしかない!」
全員の眼が、鋭く光る。
一瞬の連携。
誰が主でもない、全員の意思が、今ひとつに重なっていた。
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