第61話:秘湯に響く断末魔
霧に包まれた温泉地帯。
裂ける湯気の向こうで、四人の戦いはさらに激しさを増していた。
リセルとエリナの連携。
くらしょうと地雷嫌の執念。
互いの思いがぶつかり合う中、くらしょうが低く呟く。
「……なあ、ガキども。お前ら、まだ“世界は救える”なんて思ってるのか?」
リセルが矢を番えながら、睨み返す。
「信じてる! 誰かが苦しむ未来を、絶対に変えたいから!」
くらしょうは苦く笑った。
「……そうかよ。俺たちも、昔はそう思ってたんだぜ」
彼の視線は、過去を彷徨うように曇っていた。
「洪水に沈む村を救った。それなのに、“こいつが水を操ったせいだ”って村中から追い出されたよ。恩なんて、無い。恐怖と憎しみだけだった」
くらしょうは自嘲気味に嗤った。
「それでも、信じろってか?」
その隣で、地雷嫌が静かに口を開く。
「俺も絵を描いて、人を救おうとした。でも絵が動くことで逆に怖がられ、“呪いの子”って恐れられた。最後は、家族まとめて家ごと燃やされたよ」
地雷嫌の目に、絶望が宿っていた。
「なあ、そんな俺たちに、“希望を持て”だなんて、ちゃんちゃら可笑しいだろ」
重い沈黙。
だが、その場に立つ少女が、一歩前に踏み出した。
「……私も、“呪いの子”と呼ばれてた」
エリナの声は、静かだった。だが、はっきりと響いていた。
「この力……“XANAチェーン”を見た村の人たちは、怖がった。気味が悪いって、避けた。……石を投げられたこともある」
くらしょうと地雷嫌の目が、わずかに揺れる。
「でも、私は……この力を、誰かを守るために使いたかった」
エリナは杖を握り直し、微かに笑った。
「それでも、世界を憎もうとは思わなかった。だって……リクが、私を守ってくれたから。力を怖がらず、信じてくれたから。……あの時、私の手を取ってくれた。信じてくれる人が一人いれば……変われるって、気づけた。今は、他にもいる。信じてくれる人が、仲間が……私にもいるんだ!」
エリナの声が、強くなる。
「だから私は、あなたたちみたいにはならない!」
その言葉に、くらしょうの顔が僅かに歪んだ。
「……綺麗事だ」
「綺麗事でも、私はそれを信じる!」
リセルが矢を番えたまま叫ぶ。
「希望を捨てるのは簡単だよ! でも……希望を持つには、強さがいるんだ!だから私は、戦う。あなたたちのやり方に、負けない!」
くらしょうが舌打ちし、地雷嫌は無言で墨を走らせる。
墨の術式が地を這い、湿気を帯びた霧がざわめくようにうねる。
「そろそろ……ケリをつけるか!」
「来なさい!」
* * *
最初に動いたのはリセルだった。
リセルの矢が連続して放たれる。
くらしょうは水遁の防壁を広げるが、リセルはそこに全力の必殺技――
《連弓・貫きの烈矢》!
矢に魔力を集中し、防壁を次々と貫いていく。
くらしょうの表情が初めて焦りを見せた。
一方、エリナも全力だった。
杖から展開されるのは、火と無の融合魔法――
《焔鎖縛陣》。
火を纏った鎖が地雷嫌へと伸びる。
地雷嫌は即座に《口寄せ・黒吼》を召喚。
だがエリナは、鎖にさらに火力を叩き込み、黒吼を火達磨にして吹き飛ばす。
すぐさま地雷嫌は短刀を抜き、間合いを詰める。
(!?……間に合わない!)
エリナが覚悟を決めた、その刹那――
ゴスッ!
どこからともなく、棍棒が飛来し、地雷嫌の顔面をかすめた。
「ぐっ……!」
わずかな隙を、エリナは見逃さない。
「これで終わり!!」
《焔鎖縛陣》が地雷嫌を絡め取り、そのまま炎の渦へと呑み込んだ。
「ぎ、ああああっ!」
断末魔と共に、地雷嫌の体は灰となり崩れ落ちた。
だがその直後、彼の懐から禍々しい札がこぼれ落ちる。
札が地面に触れ、赤黒い光を放ち始めた。
(爆裂……魔具!?)
* * *
その頃、リセルも勝負を決めていた。
「これで……終わりだよ!」
リセルの《連弓・貫きの烈矢》がくらしょうの胸を穿つ。
「……俺たちの……痛みを……」
呟きながら、くらしょうはふらりと川へ沈んだ。
(だが――)
誰も知らなかった。 水の底で、くらしょうがかすかに意識を残していることを。
* * *
その瞬間、温泉地帯の地面各所から爆裂魔具の反応が立ち上がった。
ゴゴゴゴゴゴゴ――!
地が震え、湯気が一気に押し上げられる。
「これは……!」
エリナが顔を上げた。
村のあちこちでも、同じ爆裂の魔力波動。
(封印が……壊れる!?)
黒い瘴気が地下から噴き上がり始めた。
ザワ……ザワ……ッ!
地響き、瘴気、空気のうねり。
あきらかに尋常ではない。
「……っ!」
エリナとリセルは思わず構え直す。
まだ、敵の姿はない。
それでも――
巨大な“何か”が、今、地の底で目覚めかけていた。
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