第60話:揺らぐ断崖、目覚める影
火山風が荒れ狂い、灰が渦を巻いて断崖を覆っていた。
大地は呻くように振動し、岩盤がひび割れるたびに赤熱した火花が飛び散る。
そんな地獄の只中で、二人の剣士がなお立ち続けていた。
ライアンとmomonosuke。
互いに血と泥に塗れ、肉体は限界を超えている。
それでも剣を、大太刀を、どちらもまだ手放さなかった。
「……ぜぇ、ぜぇ……」
ライアンは荒い呼吸を繰り返しながら、肩を大きく上下させていた。
それでも、握りしめた大剣から力が抜けることはない。
血に濡れた掌が痛みに悲鳴を上げても、まだ振るう意志は揺るがなかった。
一方のmomonosukeは、大太刀を杖代わりに突き立て、膝を震わせながらもなお不敵な笑みを浮かべていた。
「……タフだな、あんた」
唇の端から血を流しながらも、その声音は嘲りとも賞賛ともつかぬ熱を孕んでいた。
「お互いにな……」
ライアンが短く返す。
次の瞬間、刹那の間合いが崩れた。
ライアンが重い足を引きずるように踏み込み、地を割るほどの勢いで大剣を振り下ろす。
「うおおおおッ!!」
怒号と共に鋼が唸る。
その一撃はまるで断崖そのものを切り裂くような威力で、火山灰の空気が一瞬真っ二つに裂けた。
「ぐっ……!」
momonosukeの身体がのけぞる。
次の瞬間、ライアンの剣は彼の左脇腹を深々と切り裂いていた。
熱を帯びた血が噴き出し、灰混じりの風に赤黒く散る。
大太刀を杖にして、momonosukeはかろうじて倒れずに立っていた。
しかし、その足元はぐらりと揺れ、力の大半はすでに失われていた。
(まだ動ける……だが、長くはもたねぇな)
ライアンは肩の痛みを押さえ、慎重に構えを崩さなかった。
勝負が決したと確信しながらも、相手がまだ何かを隠している気配を感じていたからだ。
「……勝ったつもりなら、まだ早ぇぞ」
血を吐きながら、momonosukeは唇を吊り上げる。
その笑みに、ライアンの胸に冷たいものが走る。
次の瞬間――彼は懐から一枚の札を取り出した。
禍々しい爆裂の印が刻まれたそれを、岩肌へと叩きつける。
「なっ……!」
ライアンが踏み込むより早く、momonosukeはそれを岩肌へ叩きつける。
バチィン! と嫌な音が響き、地面が呻くように振動し始めた。
(なんだ、これは……!?)
ゴゴゴゴゴ――!
断崖全体が深いところからうねりを上げ、まるで巨獣が眠りから覚めるように震えた。
「……これで、十分だ」
momonosukeは目を細め、満足そうに笑った。
「俺たちは、最初からこれが目的だった……」
血を滴らせながら低く呟く。
「嫉妬の魔人を……この地に、呼び起こすためにな……!」
「……ッ!」
ライアンの背筋に冷たいものが走る。
剣を構え直すが、momonosukeの瞳からはすでに戦意が消えていた。
「後は……お前らが……好きにしな……」
最後の言葉を残し、笑みを浮かべたまま崩れ落ちる。
その体から力がすうっと抜け、土に沈むように動かなくなった。
「……!」
ライアンが駆け寄ろうとした、その直後――
ゴゴゴゴゴゴッ!!
凄まじい地鳴りが断崖全体を揺らした。
岩が裂け、火口から炎のような噴煙が吹き上がる。
(……まずい!)
足元すら軋み、地面が波打つ。
空は黒雲に覆われ、稲光が灰色の世界を切り裂いた。
まるで天地そのものが逆巻き、崩壊を告げるようだった。
「何だ、これは……!」
ライアンは剣を突き立て、必死に踏みとどまる。
しかし心臓を鷲掴みにされるような気配が、骨の髄まで染み込んでくる。
それは自然現象ではなかった。
何かが――封印されし存在が――この地の奥から、今まさに目を覚まそうとしていた。
(嫉妬の……魔人……!)
名も知らぬ存在。
だが理屈など不要だった。
理性を超えて、ただ“恐怖”という感情だけが確信を告げていた。
「くそっ……!」
ライアンは後退しながらも、剣を離さない。
黒い影が断崖の奥から蠢き、巨大な力が空間を歪ませながら押し寄せてくる。
「……みんな、無事でいてくれよ……!」
唇を噛み締め、ライアンは一人火山灰の嵐に立ち尽くした。
まだ戦いは始まってもいない。
だが――もう逃げられない。
――ザァァァァァ……!
灰の嵐が、音もなく世界を覆い隠していった。
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