第59話:宿命、火花を裂いて
夜の寺に、血をにじませるような静寂が広がっていた。
折れた瓦礫や散乱した木片が無言の墓標のように転がり、その間を濃霧が這う。
虫の声すら途絶え、耳に残るのは自らの鼓動と呼吸、そして敵の足音を探す本能的な緊張だけ。
息を吸えば湿った血と焦げた木の匂いが肺を焼き、吐けば冷気が喉を切る。
リクと芳坊――二人の武人が、互いに一歩も譲らぬまま向かい合う。
剣と錫杖を構え、気配を極限まで絞り込む。
視線が交錯するだけで、火花が散ったような錯覚が走る。
間合いは、もはやゼロに近い。
わずか一瞬、わずか一太刀で勝敗が決まる。その確信が、互いの肌を刺していた。
(――ここだ。この一瞬で、すべてを決める)
先に動いたのは芳坊だった。
錫杖が鋭く霧を割り、風を裂き、矢のように突き出される。
槍と見紛うほどの刺突。
しかも一撃で終わらない。
左肘を支点に横薙ぎへと変化させ、さらに振り返りざまにかかとを叩き落とす――。
「くっ!」
リクはわずかな身の捻りでかわし、反撃へ転じる。
踏み鳴らした足が瓦礫を砕き、剣は滑らかな弧を描いて踏み込む。
「せいっ!」
閃光のような一閃が芳坊の喉元を狙う。だが――
カキィンッ!
錫杖の柄が刃を正確に捉えた。
衝突の火花が弾け、リクの視界を一瞬白く染める。
(速い……! しかも、完全に読まれてる!)
両者は再び距離を取り直す。
だが緊張の糸は切れず、むしろ張り詰めていく。
「……迷いは消えたようだな、少年」
低く吐き出すような芳坊の声。
「当たり前だ! 俺はこの剣で、生きてる人たちを守ると決めた!」
宣言と共に迸る気迫。
二人の衝突が再び始まる。
リクの剣が縦に、横に、鋭く閃いた。
芳坊は錫杖を軽やかに操り、受け流しながらその勢いを反転させ、逆襲を繰り出す。
力任せではなく、熟練の技で相手の呼吸を奪う連撃。
(この人……強すぎる! 一撃の重み、間合いの鋭さ、全部が正確だ!)
リクの左腕に赤い線が走り、血が滲む。
しかし止まらない。
むしろ痛みが意志を研ぎ澄まし、瞳に宿る光を強めた。
「お前たちの正義では、誰も救えぬ!」
芳坊が叫び、錫杖を渾身で突き出す。
リクは地面を蹴り、回転しながら背後に回り込む。
低く沈み込み、胴を狙った一閃――だが、
「甘いな」
芳坊の足払いが先に走った。
リクの足が浮き、体勢を崩す。
咄嗟に後方宙返りで瓦礫の上に着地するが、呼吸が乱れる。
(まずい……押し切られる!)
肉体は悲鳴を上げ、筋肉は震え、視界の端がにじんでいく。
それでも剣は離さない。
芳坊の眼光は揺るがない。
「たとえ俺が倒れても、裏十三夜の刃は折れぬ。必ず、目的は果たされる」
その声は、死を越えた者の静けさを帯びていた。
リクの背を冷たい汗が伝う。
(やっぱり……強い。でも、負けられない!)
「だったら……その信念ごと、打ち砕く!」
リクが跳ねる。
反動を殺し、空中で一回転――渾身の斬撃を叩き込む。
芳坊は錫杖を構え、真正面から迎え撃った。
剣と杖が交錯し、火花が夜空を裂く。
「貴様には、世界の歪みが見えぬか……!」
「見えてるさ! でもな――!」
「それでも俺は、この世界を信じるッ!」
魂ごとぶつけ合う叫び。
力と力が衝突し、衝撃で両者は弾き飛ばされた。
リクは背から瓦礫に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
肺に血の味が広がる。それでも剣を離さず、膝を突きながら立ち上がる。
芳坊もまた、片膝をつき錫杖を支えながら立ち上がる。
袈裟は裂け、左肩から鮮血が滴り落ちていた。
「……驚いたな。まさか、ここまで追い詰められるとは」
荒い呼吸を整えながらも、彼の眼差しは揺らがない。
「次が最後だ、芳坊さん……!」
リクの声は震えていなかった。
「ああ、存分に来い。――それを乗り越えねば、何も守れぬ」
剣と杖が再び構え直される。
風が二人の間を切り裂き、戦場を剣のように震わせる。
夜はさらに深く、静寂はなお濃く――
次の一撃が、この戦いの真の決着を運命づけることになる。
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