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永遠に巡る愛の果てへ 〜XANA、理想郷を求めて〜  作者: とと
第2部:リクとエリナ 〜新たな世界での出会い〜

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第54話:救いなき叫び

 霧と炎が揺れる寺の前庭。

 夜気に濡れた瓦礫の匂いが鼻を刺し、足元の石畳には赤い残火が点々と残っている。

 燃えさしが舞い上がり、白い霧と絡み合ってゆらめく光を作り出していた。


 そのただ中で、リクの剣が横薙ぎに閃く。

 鋼の刃は霧を裂き、芳坊の錫杖に受け止められて火花を散らした。

 耳に重たく響く鈍音が、湿った空気を振動させ、胸の奥まで響く。


 「どうして……こんなことを……!」


 リクは踏み込みながら声を張り上げる。

 怒りと悲しみが混じったその声は、霧の中でこだまし、彼自身の耳をも刺した。


 「村人たちを……リセルを、どうして裏切ったんだ!」


 「信頼とは、一時の幻想に過ぎぬ」


 芳坊の声は低く落ち着いていたが、その奥底には凍りつくような諦観があった。

 杖が鋭く突き上げられる。リクは咄嗟に剣を合わせ、衝撃に押されながら後方へ飛び退いた。


 「それでも俺たちは……!」


 息を乱しながら叫ぶリクは、剣を握る手に力を込め、三連撃を畳みかける。

 しかし芳坊はわずかな体の捻りと足さばきだけでそれを受け流し、濃い霧の中に姿を溶け込ませた。


 「過去に何があったか知らない。でも、救いを求めるなら、他人を犠牲にしなくてもいいはずだ!」


 霧の奥から返ってきたのは、鋭く冷たい声。


 「犠牲なき理想など、幻想だ」


 その声は、まるで誰かの墓標の上から響いてくるようだった。


 「私の道は間違っていない。そうでなければ、この命を懸ける意味がない」


 次の瞬間、芳坊の影が霧を切り裂き、飛び出した。

 錫杖が雷鳴のような勢いで真上から振り下ろされる。


 「ぐっ……!」


 リクは剣を交差させて受け止めるが、圧倒的な重みに膝を折った。

 地面がめり込み、足首にまで衝撃が走る。


 「君はまだ若い。迷いも、信念も未熟だ」


 芳坊の眼差しは冷徹で、慈悲も温もりも含んでいなかった。


 「なら、あんたは間違ってないと本気で思ってるのか!? 村人を“器”にしてまで、正しいって言えるのかよ!!」


 リクの叫びが夜気を裂いた。

 その言葉は鋭い刃のように芳坊の胸奥へ突き刺さり、一瞬、彼の動きを鈍らせた。


 「……言ったな、それを」


 芳坊の声が震え、霧がざわめく。


 次の瞬間、杖の動きが荒々しく変わる。

 地を叩き、霧を裂き、空気を震わせる怒涛の連撃。


 「イチロク……タイタイ……マリン……ドラミ……!」


 叫びと共に名が次々に吐き出される。杖の一撃ごとに空気が震動し、霧が爆ぜた。


 「イチロクは、干ばつで飢えた村を救おうと自分の食糧を差し出し、餓死した!」


 「タイタイは、戦で孤児になった子供たちを育てた。だが、領主に“無許可の孤児狩り”と決めつけられ、処刑された!」


 「マリンは、病魔の広がる村に医師として留まり続けた。だが、疫病が恐れられ、彼ごと村ごと“焼き払われた”!」


 「ドラミは、貴族の娘と心を通わせただけで、“身分違いの不敬”とされ、晒し者にされ……最後には命まで奪われた!」


 その叫びは祈りであり、呪いでもあった。

 芳坊の振るう錫杖には怒りと悲しみが重なり、リクは必死に剣を合わせながらも後退させられていく。


 「正しいことをした者ほど、早く死ぬ! 善意を掲げた者ほど、笑われ、裏切られる!――それが、この世界だ!」


 錫杖が地を打つたび、大地が震えた。

 立ちこめる霧の中から、彼の背負ってきた無数の“失われた命”が幻のように浮かび上がる。


 「私は何度も、助けを求めた! 神に祈り、権力者に縋り、富める者に救いを求めた! だが誰も手を差し伸べなかった! 救えたはずの命を見殺しにし、犠牲にして、踏みにじった!」


 芳坊の目には涙にも似た光が宿っていたが、それは乾ききった絶望の輝きだった。


 「……だからだ」


 声が地を這うように低く響く。


 「この世界は間違っている。この世界は、終わらせなければならない!」


 リクは肩で荒く息をしながら剣を構え直す。

 霧と炎が揺れる光景の中で、芳坊の姿はまるで闇に取り込まれた亡霊のように見えた。


 (芳坊さん……)


 怒りと悲しみに飲み込まれたその姿に、リクは言葉を失いかける。

 だが胸の奥で、小さな声がかすかに囁いた。


 (それでも……俺は――!)


 リクは剣を握り直す。

 芳坊は杖を下ろし、深く息を吐いて呟いた。


 「……貴様に話す言葉は、もうない」


 濃霧がさらに濃さを増し、互いの姿が掻き消える。

 しかしリクの胸には、もはや迷いはなかった。

 次の瞬間、彼は芳坊の“覚悟”に、正面から向き合うことを決意していた。

「読んでくださって本当にありがとうございます。

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