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永遠に巡る愛の果てへ 〜XANA、理想郷を求めて〜  作者: とと
第2部:リクとエリナ 〜新たな世界での出会い〜

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第52話:秘湯に潜む魔影

 湯気が立ちこめる温泉地帯。

 昼なお白く霞む霧の帳は、突如爆ぜた魔力の気配に揺らぎ、静寂を破られた。

 熱と硫黄の匂いに満ちた空気を震わせ、戦いの予兆が大地に響く。


 「行くよ、リセル!」


 エリナが詠唱を紡ぐと、杖の先に小さな火球が灯る。

 燃え盛る炎ではない。

 淡く赤く脈打ちながら、圧縮された熱量を秘めた《焔弾〈フレイムスフィア〉》。

 命中すれば衣を焦がし、札を焼き切る程度――小さな球ながら、確実に術を乱すための一撃だった。


 「任せて!」


 リセルは弓を素早く構え、二本の矢を同時に番える。

 筋肉に宿した緊張を解き放ち、唸るような軌跡を描いてくらしょうと地雷嫌へと一直線に放つ。


 「小細工だな」


 くらしょうが手を叩くと、辺りの湯気がざわめき、水膜の障壁を形作る。

 蒸気を操り、水と冷気の鎧が矢を弾き返した。

 さらにその余波を利用し、エリナの焔弾へ水流をぶつけ、熱を奪って消し飛ばす。


 「くっ……蒸気ごと操作してるの!?」


 エリナが驚愕に目を見開く。


 「ふふ、温泉地帯ってのは、俺にとっちゃご馳走だ。水も蒸気も、いくらでも力に変えられる」


 くらしょうの声が、白濁した霧の向こうから響いた。

 その背後で、地雷嫌がすでに動いていた。

 膝をつき、長大な和紙を地面に広げ、墨を筆で走らせる。

 筆運びは滑らかで、ためらいひとつない。


 「もうすぐ描き終わる……」


 和紙に記された符号が淡く光り、墨がうねり始める。

 黒き液体は地を這い、形を得て、やがて蛇の胴に獣の頭を備えた怪物と化した。


 「口寄せ――黒吼!」


 地雷嫌の声と同時に、墨が爆ぜるように立ち上がった。

 巨体は四足を踏みしめるたびに地を揺らし、湯気を裂く咆哮が周囲を震わせる。

 その体は絶えず揺らぎ、切り裂こうとすれば墨煙に変じ、再び獣の形を成す。

 燃えるような紅の瞳が、捕食者の本能でエリナとリセルを射抜いていた。


 「こいつが……!」


 リセルの喉がごくりと鳴る。

 心臓が早鐘を打ちながらも、彼女は弓を握り直した。


 「エリナ、あれを止めなきゃ……!」


 「うん、合わせて!」


 リセルの矢が放たれると同時に、エリナの詠唱が重なる。

 杖から解き放たれたのは《閃火矢〈スパークフレア〉》。

 小さな炎矢が走り、黒吼の胴をかすめた。

 墨の一部が焼け、崩れて地に散る。


 「効いてる……けど、すぐ戻る!?」


 リセルが叫ぶ間にも、墨は再びうねり、焼けた部分を補うように形を取り戻す。


 「こいつは魔力の濃度が薄い攻撃じゃ崩れねぇ」


 地雷嫌が淡々と告げる。


 「でも、それでも……っ」


 リセルは食いしばり、次々と矢を放つ。

 エリナも距離を詰めながら魔法を重ね、火と無の矢を撃ち込む。

 だが、黒吼は墨の体を波打たせて攻撃を受け流す。


 「水遁――泡鎖の陣!」


 くらしょうが印を結んだ瞬間、湯気の中で水が沸き立つように震え、泡が無数に生まれた。

 それらは鎖のように繋がり合い、蛇の群れが地を這うかのような速さで二人の足元へと襲いかかる。

 触れた瞬間、肉ごと締め潰すだろう圧力が迫っていた。


 「防いでみせる!」


 エリナがすぐさま《閃壁〈フラッシュシールド〉》を展開。

 白く発光する半透明の魔力障壁が泡鎖の侵入を防ぐ。


 「……っ、今ので限界かも……」


 息を荒げながらエリナが呟く。

 火と無の基礎魔法だけでは押し切れない。それでも――


 「でも、やるしかないよね!」


 リセルは矢筒から残りの矢を抜き、指先をわずかに震わせながら弦を引き絞った。

 その瞳には恐怖を押し殺した光が宿り、炎のような決意が浮かんでいた。


 「エリナ……絶対に、ここで止めよう!」


 「うん。止めなきゃ……この人たちの手で、村を壊させるわけにはいかない!」


 エリナも応える。

 彼女の瞳には強い光が宿っていた。


 くらしょうが舌打ちし、霧の中で水気が一層濃くなる。


 「……仕方ねぇ、少しだけ本気出すか」


 「面倒が増える……」


 地雷嫌も再び札を取り出し、指先に墨をまとわせる。


 黒き気配と水の術式が重なり、温泉地帯の空気が圧し潰されるように重くなる。

 だが、二人は怯まなかった。


 「エリナ、私が前で引きつける!」


 「わかった、リセル! 全力で行こう!」


 湯気を裂いて二人が前に出る。

 矢の音、咆哮、魔力の唸りが交錯する。

 温泉地帯を揺るがす激戦の第二幕が、いま幕を開けた――。

「読んでくださって本当にありがとうございます。

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