第51話:斬風、影を裂いて
灼熱を孕んだ火山風が断崖を打ち据え、岩肌を軋ませる。
舞い上がった灰は厚い雲のように空を覆い、あたり一面を鈍色に沈めていた。
その只中、灰の渦を挟んで向かい合う二つの影――ライアンと、異国の侍装束を纏った男・momonosuke。
互いの武器はすでに抜かれている。
ライアンの両手には分厚い鋼の大剣。
その刀身は幾多の戦いを物語る傷で覆われ、今もなお鈍い光を反射していた。
一方のmomonosukeが握るのは、背丈に迫るほどの大太刀。
その刃は漆黒の空気を切り裂くように静かに輝き、持ち主の異様な気配と一体化していた。
火山灰のざわめきに混じり、互いの吐息が荒々しく響く。
空気そのものが鋭く張り詰め、ひと振りで命を散らす緊張が場を支配していた。
ライアンが、唇を固く結んで低く言葉を吐いた。
「お前らがやろうとしてるのは……ただの虐殺だ」
一瞬の沈黙。
舞い散る灰が二人の間を遮る。
momonosukeはわずかに口角を上げると、乾いた声で返した。
「そう思うか。なら、それが正しいんだろうよ……少なくともお前の中ではな」
ライアンは剣を握る手に力を込める。
「魔人に与してまでやることかよ。お前だって、無事じゃ済まねぇ」
「わかってるさ」
momonosukeの声音は、感情の起伏を欠いた冷たい風のようだった。
「それでも構わねぇ。俺はな……世直しがしたいんじゃねぇ。俺を、俺たちを喰い物にしてきた奴らに、報いを返したいだけだ」
その言葉に、ライアンの眉間に皺が寄る。
灰の向こうから射抜くような眼光が返される。
「生まれて間もなく売られた。異国の地で“奴隷”となり、肌の色が違うだけで見世物にされ、穢れ物のように扱われた。踏まれ、焼かれ、嘲られて……」
低く紡がれる声は、灰の風よりもなお重く、深い。
「誰も助けなかった。見て見ぬふりをしただけだ。……お前も、きっとそのうちの一人だろう」
ライアンは大剣を構え直し、一歩前へ踏み込む。
その瞳には怒りと憐憫が入り混じっていた。
「……だからって、人を巻き込んでいい理由にはならねぇ」
「理由なんざ、初めから求めちゃいねぇよ」
momonosukeは大太刀を肩に担ぎ直し、唇の端を歪めた。
「復讐だ。そいつが、俺の全てだ。だから――魔人の力を借りる。あいつらを動かせば、世界中を炎で包める。それで十分だ」
「裏十三夜の連中だって、目的はバラバラだ。正義なんかじゃねぇ。ただ……俺たちは“あの災厄”を利用して、自分の望みを叶える。それだけだ」
「当然だが……命を捨てる覚悟はできてる。生きて帰れるなんて、最初から思っちゃいねぇ」
ライアンの拳が震える。
怒りと、抑えきれない悲しみが混じった声で吠える。
「……てめぇ、それでも人間かよ。復讐のために世界を焼く? 最低だな」
「人間? そんなもの、とうに捨てた」
momonosukeの瞳が冷たく笑う。
「お前らが守ろうとする“世界”は、俺たちを棄てた。だったら俺もその世界ごと叩き斬る――それだけの話だ」
ライアンの怒声が断崖に響き渡った。
「黙れッ!!」
大剣が地を砕き、火花を散らしながら振り上げられる。
「その過去を背負ってるなら……なおさら今を壊すんじゃねぇ!」
灰の嵐が吹き上がる瞬間、ライアンが地を蹴った。
鋼の大剣が火山灰を裂き、雷鳴のような轟音を伴って迫る。
momonosukeは一瞬だけ目を細め、身体をわずかに沈めた。
刃が頬を掠める寸前、紙一重でかわす。
同時に反撃――大太刀が横薙ぎに閃き、風を切り裂いた。
ガァンッ!!
鋼と鋼が正面から衝突し、火花が夜空へと弾け飛ぶ。
金属音が断崖を震わせ、火山灰が爆ぜるように舞い上がった。
「……ッ、重い……!」
反動に押されてライアンが後退する。
momonosukeも静かに体勢を立て直し、刃先をライアンに向けた。
「怒りに任せた剣じゃ、俺は止まらねぇぞ」
「上等だ……それでも、止めなきゃならねぇ時がある!」
断崖を吹き抜ける風が一層激しさを増す。
灰色の嵐の中で、二人の影が再び交錯した。
その戦いは、まだ始まったばかりだった――。
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