第48話:静寂に潜む牙
「この地図の並び……やっぱりおかしいよ」
寺の本堂に広げられた古びた地図の上で、油の灯がゆらゆらと揺れていた。
その灯りに照らされるようにして、エリナの細い指先が村の外周をなぞる。赤い印で記された異常発生地点が、点ではなく、意図的に線を描いているように見えた。
「整いすぎて妙……まるで意図的に線を描いて、結界を編み上げているように見える」
彼女の声には、直感と不安が入り混じっていた。
「誰かが意図的に……村の中から仕掛けている可能性がある」
リクが険しい目で地図を睨みつける。
拳を膝に置き、じっと考え込む。
ライアンは無言で頷いたが、その拳は膝の上で音を立てるほど強く握りしめられていた。
「外部からの侵入は確認されていない。……つまり、村の内側に“動いている者”がいると見て間違いない」
ユリウスが低く告げると、空気が一層重く沈み込んだ。
「じゃあ……誰が?」
エリナの問いに、場の空気が凍りつく。
誰も答えられず、ただ沈黙だけが続いた。
その時――。
ふすまの影から、ゆるやかな足音が響いた。
布が擦れる気配と共に、一人の男が姿を現す。
「……失礼する。報告がある」
男の名はタケダ。
王都で修験僧の護衛を務めた経歴を持ち、今は芳坊の寺に身を寄せる寡黙な浪人。
村人にはただの流れ者として扱われていたが、その佇まいは明らかに異質で、場を支配する重みを持っていた。
「昨夜、村の南側で不審な煙が立ち上っていた。普通の焚き火ではない……煙が青く、しかも鼻をつく異様な臭いがあった」
「それ、俺たちが調査してた場所とは反対側じゃないか?」
ライアンが顔をしかめる。
「煙はすぐに消えたが……残された灰から、火薬に似た成分が検出された」
タケダは懐から小袋を取り出し、ユリウスに手渡した。
袋の中には細かな黒い粉が残っている。
「これは……爆裂系の印か魔具の材料だな」
ユリウスが険しい表情で呟く。
「つまり……村のあちこちに仕掛けを置いてる奴がいるってことか」
リセルが吐き捨てるように言った。
その言葉に場が沈みかけたが、ライアンが短く舌打ちして空気を切り裂いた。
「……クソッ、本当に村の中に敵がいるのかよ」
* * *
その日の午後。
リクとエリナはユリウスと共に北へ、ライアンとリセルはタケダと南へ向かった。
灰に覆われた広場はまだ生ぬるい熱を帯び、かすかに煙が漂っていた。
「……ここだ」
リクは膝をつき、灰を掻き分けて地面を確認する。
「足跡は二人分……だが途中で、片方だけが不自然に消えてる」
エリナが指差した跡は、まるで地面に吸い込まれるように途絶えていた。
「わざとだな。痕跡消しの技……慣れている」
ユリウスが低く断じる。
「つまり、潜伏と隠密を得意とする相手が紛れている……」
リクは反射的に剣の柄を握り、緊張に呼吸が荒くなる。
かさり――。
背後で乾いた枝が踏まれる音がした。
全員の心臓が一瞬止まったように感じた。
振り返るが、そこには風に舞う火山灰だけ。
「気配が……消えた?」
リクが低く呟く。
だが確かにいた。
見られていた。
エリナも震える声で頷いた。
「間違いない……誰かが、ここにいた」
* * *
同じ頃、寺の裏手――。
陽の届かぬ森の影に、黒装束の影が音もなく集っていた。
「“仕込み”は終わった。あとは奴らが勝手に動くのを待つだけだ」
くらしょうが火山灰の上にしゃがみ、水のしずくを撒きながら言った。
「見張りも問題ない。外の奴らは、まだ俺たちの正体に気づいていない」
地雷嫌が口の端を歪めて笑う。
「……それにしても、どうしてわざわざ情報を流す?」
momonosukeが背中の剣を撫でながら、木の幹にもたれかかった。
「……“裏十三夜”の計画は動き出した。今さら止まることはない」
くらしょうが小さく呟く。
森に流れる空気が、凍てついたように張り詰めていた。
* * *
夕刻、寺に戻ったリクたちは焚き火を囲み、互いに得た情報を突き合わせた。
「……まるで、この村全体が閉じ込められているみたいだ」
リクが火を見つめながら呟く。
炎の揺らめきが、彼の表情を不安げに照らし出す。
「この“違和感”は空気みたいに静かに入り込んで、気づけば村の根っこを腐らせてる……そんな感覚がする」
エリナも同じく炎に目を落とし、声を潜めた。
「外から見れば穏やかでも……この村は、根元から壊されている」
リセルの言葉は重く沈んだ。
そして――。
物語は確実に、“仮面の下に潜む真実”へと近づいていた。
牙を剝く瞬間は、すぐそこまで迫っていた。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
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