第45話:拒絶の村
テルマ村の門が見え始めた頃、遠くからでもその異様な雰囲気が伝わってきた。
熱気を帯びた空気、火山灰の混じる風、そして……どこか張り詰めた、重苦しい気配。
「……もうすぐ村の門だな」
ライアンが険しい表情でつぶやく。
「空気が変だ……。地熱のせいだけじゃない。村そのものが息を潜めてるように見える」
リクもまた、緊張の面持ちで門の奥を見据えた。
* * *
村の中は、まるで時が止まったように静まり返っていた。だが、それは歓迎の静けさではなく――不信と警戒による沈黙だった。
道の脇に立つ村人たちは、手に鍬や籠を持ちながらも、リクたちを睨むように見つめている。
「……王都から来た連中か?」
「どうせ、また厄介事を持ち込むんじゃないのか……」
そんな声が、ざわざわと背中にまとわりついてくる。
「……歓迎されてないのは一目でわかるな」
ライアンが小声で呟く。
すると、その緊張をさらに深めるように、村の奥から中年の男が現れた。
白髪混じりの髪に、年季の入った作務衣。
眼光は鋭く、村全体を背負っているかのような風格を持っていた。
「……王都の者か」
それが、テルマ村の村長――バンリであった。
「お忙しい中、村まで来ていただき感謝します。だが、無用な騒ぎはご勘弁願いたい。村の者は余所者に敏感でしてな……」
その丁寧な口調とは裏腹に、言葉の端々には明確な“壁”があった。
「我々は騒ぎを起こすために来たわけではありません」
ユリウスが一歩進み出る。
「王都は今回の異変を重く見ている。あなた方を守るための派遣です」
「そのお気持ちはありがたい。……だが、我らには我らのやり方がある」
その時、ひときわ鋭い足音とともに、もう一人の人物が姿を現した。
「だったら、あんたたちも黙って見てるだけか?」
その声と共に現れたのは、長身の女性だった。
褐色の肌に野性味のある身のこなし、背には狩人特有の弓と短剣。
リクたちに向けるまなざしは、警戒よりも期待に近い光を宿していた。
「リセルさん……」
村人の何人かがその名を口にする。
テルマ村の変わり者と呼ばれる若き狩人、リセルだった。
「王都の人間が来ることで村が混乱するなんて、ただの思い込みだよ。あたしたちは、もう少し外の世界に目を向けるべきだと思ってる」
リセルの言葉に、村長の眉がわずかに動いた。
「リセルよ、何度も言っているが、王都に頼ることは……」
「時には必要だって、あたしは思ってるの!」
リセルのまっすぐな視線が、リクたちに向けられる。
「少なくとも、こいつらは魔人を倒したんだろ? 私は見てみたい。どこまで“信じられる力”なのかを」
「リセル……あなたは昔からそうだったな。考えが極端すぎる」
その声に割って入ったのは、どこか威厳を漂わせる低く静かな男の声。
リクたちが振り返ると、村の寺――天恵山・照炎寺の門前に、一人の僧侶が立っていた。
長身で筋骨たくましく、左腕に数珠、右手に錫杖。
落ち着いたまなざしは、深く澄んだ湖のようだった。
「……ようこそ、王都の皆さん。寺の住職、芳坊と申します」
リセルが明らかに顔をしかめる。
「また出たよ、寺のご高説。村人の誰もがあんたの言うことばかり聞くんだから、たまったもんじゃない」
「信じる者がいれば、それに応えるだけです」
芳坊は微笑を崩さずに答えた。
「リセル……少し、落ち着きなさい。客人に手を貸すのは我らの教えでもある」
リセルは舌打ちすると、肩をすくめて村人たちの間に戻っていった。
「……すまない。あの子は少し気が強くてね」
芳坊はそう言いながら、リクたちに視線を向けた。
「まずは寺にて話を聞こう。心が揺らげば火山も荒れる。湯に浸し、心を鎮めることが肝要だ」
「ありがとうございます、芳坊殿」
ユリウスが軽く頭を下げる。
リクたちは互いに頷き合い、村の中へと足を踏み入れた。
* * *
村は思った以上に静かだった。
人の姿は少なく、どの家も扉を閉ざしている。
遠くで鍋の音がしたかと思えば、すぐに沈黙に包まれる。
「……なんか、空気が重いな」
ライアンが眉をしかめる。
「心が蝕まれてるのかもしれない。あれだけの異常があれば……」
エリナが低く呟いた。
ふと、寺の奥――梵鐘の影から、場違いな“ぺたぺた”という音が聞こえてきた。
視線を向けると、小さな影がちょこちょこと動いている。
「ペンギン……?」
太郎、次郎、花子、三郎、良子――あのPENPENZの五兄弟だった。
リリィに助けられ、忍者を目指す彼らは、寺の周囲をこそこそと歩いている。
「バタケを倒すんだ……!」
「忍の修行だよ兄ちゃん!」
村人に見つからぬよう、ぺたぺたと影の中を移動していく五兄弟。
その背中を誰も気づかないまま――物語は、静かに次なる段階へと進もうとしていた。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」




