幕間【PENPENZ】1:始動
草原をわたる風は熱を帯び、火山地帯の入り口に近づいていることを告げていた。
乾いた大地を撫でるその風はどこか不穏で、緊張感を漂わせる。
木陰にひっそりと佇む一つの影――それは、黒装束に身を包んだ女性、王女直属の隠密リリィだった。
彼女は小高い丘の上から街道を一望し、じっと視線を遠方に注ぐ。
その先に見えるのは、王都を発ち、テルマ村へ向かって歩を進めるリクたちの姿。
「……順調ね」
小さく呟いた言葉は風に溶け、すぐにかき消された。
王女直属の隠密である彼女は、任務として彼らを影から見守っていた。
(あの村は……何かが蠢いている。油断はできない)
そう心に念じながら、視線を再び街道に戻そうとした――その時だった。
草むらの奥から、妙に賑やかな声が響いてきた。
「ぎゃー! また殴られたーっ!」
「おい! そこは羽じゃなくて顔だってばーっ!」
リリィの眉がわずかに動く。
気配を完全に殺したまま、木々の間を音もなく移動し、声のする方へと進んでいった。
やがて視界に飛び込んできたのは――小さな体で大きな木製ハンマーを振り回すリスの姿。
「全く……ペンギンなんざ、いてもいなくても変わらん連中だよ。とろいし、よちよちしてるし……。これだから飛べない鳥は使えねぇんだよなあ!」
声の主は、動物界で知られた大工リス――たあた。
そして、そのハンマーの先には、いつものように転がされている5羽のペンギン兄弟の姿があった。
「き、今日も派手にやられてるわね……」
「頭に星が見える……」
「ひぃぃ、僕、もうダメかもしれない……誰か、涼しいところで氷を持ってきてぇ……」
太郎、次郎、花子、三郎、良子。
動物界の最底辺として名高い(?)ペンギン兄弟は、今日も華麗にいじめられていた。
その瞬間だった。
パシィィン――!
乾いた音が鳴り響き、たあたの手からハンマーが弾け飛んだ。
「な、なんだ!?」
驚愕して振り返ったたあたの視界に映ったのは、黒装束の女。
木々の影から音もなく現れたリリィが、無言のままじっと見据えていた。
その冷ややかな眼差しに射すくめられ、たあたは背筋を凍らせる。
「ひ、ひぃっ!」
声にならぬ悲鳴を漏らし、全力で逃げ出していった。
静寂が戻る中、リリィは何も言わず背を向け、その場を立ち去ろうとする。
「ま、待って……今の人、誰!?」
「今の、絶対……忍者だよ!」
「えっ、ほんもの!? 忍者って、ほんとにいるんだ……!」
「すげぇ! あんなシュバッて動いて、パシィィンって音させて!」
「しかも、リスに勝った……! ペンギン史に残る大事件だよこれ!」
次郎が鼻息荒く叫ぶと、全員の目がキラキラと輝き出す。
「……なあ、おれたちもさ、忍者になったら、いじめられなくなるんじゃないか?」
「なれるかな……忍者に」
「なろうよ! 忍者になって、動物界のトップに立とう!」
「でも、どうすれば……?」
「一番強いやつを倒せば、強さを証明できるんじゃないか!?」
「……バタケ?」
「「「「ば、バタケ!?」」」」
全員が口を揃えて叫んだ。
バタケ――この地に君臨する最強の虎。動物界でも誰もが畏れ、避けて通る存在。
「あの虎の!? 無理無理無理無理!!」
「バタケを倒せば、俺たちが“強者”ってことになる!」
「……ペンギンの時代が来るわよ、兄さん!」
「そ、そうか……よ、よし、チーム名を決めようぜ!」
「決めるまでもない!」
「そう! 俺たちは――!」
「チームPENPENZ!!」
「バタケを倒しにいくぞーっ!」
ペンギンたちは勢いよく跳ねた――が、直後、勢い余って三郎と良子が頭をぶつけて倒れた。
「ぺぇぇぇぇ……」
「あいたたた……でも気合いだけは十分だわ!」
こうして、動物界の最弱ペンギンたちによる、無謀でほんのり感動的(?)な大冒険が、幕を開けたのだった――!
※PENPENZは不定期に挿入されます
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」




