第42話:交錯する記憶と浮かれた街
「ふむ……やはり、危険な兆候や魔物の気配はなかったか」
王宮・謁見の間。
冷たい大理石の床と荘厳な赤い絨毯が一直線に玉座へと伸びるその空間に、宰相とうしの落ち着いた声が低く響いた。
リクは一歩前へ進み、背筋を伸ばして答える。
「はい。遺跡の奥まで調査しましたが、魔物や罠の類は確認されませんでした。ただ……あの場所には、言葉では説明できない妙な気配が漂っていました」
「初めて足を踏み入れたはずなのに、どこか懐かしい……胸の奥がざわつくような、不思議な感覚がありました」
エリナが静かに続ける。
彼女の声音には戸惑いが混じり、けれど確かにあの場所で“何か”を感じたことを物語っていた。
女王シーユキは玉座の上から彼らを見つめ、柔らかな微笑みを浮かべながら口を開いた。
「……やはり、あなたたちも感じたのね。その感覚、実は最初に調査に入った騎士団の一部からも報告されているの。“前にも見たことがある気がする”と」
「騎士団にも……?」
ライアンが目を見開く。逞しい腕を組み、顎に手を当てて考え込む姿は、普段の直情的な性格からは少し意外にも見えた。
「偶然とは思えません。まるで……私たちの記憶の奥底が、あの場所に呼応しているみたいだ」
リクの言葉に、玉座の間にいる誰もが一瞬言葉を失った。
それは決して無視できない“何か”であると、本能が告げていたからだ。
やがて女王は、重苦しい空気を和らげるように深く息をつき、静かに頷いた。
「いずれにしても、危険がなかったことは幸いだわ。あなたたちが遺跡の奥まで足を運んでくれたおかげで、王都にさらなる混乱が広がるのを防げた。本当にありがとう」
女王の声には感謝の響きが込められていた。
リク、エリナ、ライアンの三人は同時に深々と頭を下げる。
「今後、同様の遺跡が発見された場合には、あなたたちの力が再び必要になるでしょう。そのときは、どうか力を貸してほしい」
シーユキの瞳は真剣であり、未来を見据えていた。
「承知しました。呼んでいただければ、すぐに駆けつけます」
リクが毅然と答えると、宰相とうしが静かにまとめを告げた。
「追って詳細の連絡をする。それまでは王都で待機を。過剰に動かず、しかし警戒は怠らぬように」
三人は一礼し、重厚な扉を背にして謁見の間を後にした。
* * *
王宮を出た瞬間、街の空気がいつもと違うことに気づく。
石畳の通りには人々が溢れ、ざわめきと笑い声が響き渡っていた。
「……なんだ? なんだか街が騒がしくないか?」
ライアンが周囲を見回す。
普段は落ち着いているはずの大通りに、今日は活気が満ちあふれている。
通りの角にある掲示板の前には人だかりができ、誰もが張り紙を覗き込んでいた。
色鮮やかな紙に、大きく力強い文字が躍っている。
《けんた新聞 第1号 発刊!》
その中央には、誇らしげにこう記されていた。
『色欲の魔人、討伐される! 王都を救った英雄たちの姿とは!?』
「……俺たちのこと、だよな」
リクが半ば呆然と呟く。
「けんた新聞? ……そんな名前、初めて聞いたけど」
エリナが首を傾げる。
「新しく創刊された新聞らしいな。こういうときに一番目立ちたい奴が飛びつくには、絶好の話題だったってわけだ」
ライアンが肩をすくめ、やれやれといった表情を浮かべる。
だが、次の瞬間。
エリナが街の人々の笑顔に目をやり、そっと口を開いた。
「でも……こうしてみんなが笑ってるのを見ると、少しだけ救われた気がする」
その声は優しく、胸の奥からこぼれ落ちるような響きだった。
リクもうなずく。
「そうだな。人々はまだ何も知らない。けれど、この無垢な笑顔こそが……守るべきものなんだ」
その言葉に、ライアンも表情を引き締め、無言で拳を握りしめた。
王都の喧騒は平和の象徴であり、彼らが命を懸けて守った結果でもあった。
けれど同時に、それが儚い安息でしかないことを、三人は直感していた。
新たな戦いが、確実に近づいている――その予感を胸に抱きながら。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
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