第41話:記録は語らずとも
エリナの視線は、崩れ落ちた天井の裂け目からのぞく空へと吸い寄せられていた。
そこには、もうManakaの姿はない。
けれども、あの温かく優しいまなざしと、心の奥に響いた確かな想いの余韻だけは、まだ消えずに残っていた。
「……消えちゃった」
かすかな吐息のように漏れた呟きは、広間の静寂に溶けていった。
その肩を、リクが慌ただしく掴み、揺さぶる。
「おい、エリナ! 大丈夫か!? さっきから急に動かなくなって……!」
「何があったんだ? ……何か、見えたのか?」
リクとライアンの目には、光も幻影も映っていなかった。
二人が目にしたのは、ただエリナが茫然と立ち尽くしていた姿――それだけだった。
ただ、その瞳に宿る静かな力だけが、彼女が確かに“何か”を体験した証だった。
「……うん。私は大丈夫。でも……すごく、大事な人と会ったきがするの」
エリナは胸元にそっと手を置く。
そこには、まだかすかな熱が残っていて、脈動のように自分の内側を確かに震わせていた。
「……会ったって、誰と?」
リクが息を飲んで問いかける。
エリナは一度目を伏せ、呼吸を整えると、はっきりと答えた。
「“XANA: GenesisのManaka”。……まるで古い友人と再会したみたいに、遺跡の石板を通して、彼女と会ったの」
「Manaka……?」
ライアンが小さく呟く。
「映像は乱れてたし、声も届かなかった。たぶん、この遺跡の設備が壊れてるせいだと思う。 でも……それでも彼女は、必死に何かを伝えようとしていたの」
エリナの言葉に、リクとライアンは無言で顔を見合わせる。
重苦しい沈黙が三人の間に流れた。
「“XANA: Genesis”って……なんだ? 初めて聞いたはずなのに……いや、胸の奥が勝手にざわめく……」
リクが胸を押さえるように呟いた。
言葉の意味もわからない。
だが、その響きが過去のどこかに繋がっているような感覚が、心の奥底から押し寄せていた。
「……それにね、“Genesisカード”を受け取ったの。火の力が私の中に流れ込んで……今なら、炎のXANAチェーンを使える」
「炎……だと? 魔法に属性が加わったってことか」
ライアンの声には驚きが混じる。
これまでエリナの魔法体系“XANAチェーン”には、属性などという概念は存在していなかった。
だが今、それは明確な“火”というかたちで彼女に宿ったのだ。
「ただの遺跡じゃないな……」
リクが呟く。
その目はすでに石板を超え、遥かな未来を見据えているかのようだった。
古の遺物などではない。これは“始まり”を告げる装置だ。
「……この遺跡、きっと“始まり”なんだと思う」
エリナの声には、迷いのない確信が宿っていた。
「Manakaがいたってことは、きっと他にも“Genesis”が眠っている。世界のどこかで、私を待ってる」
リクとライアンはしばし言葉を失ったが、やがて強く頷いた。
「なら……一度、王城に戻って報告だな。女王にも宰相にも。これは――王国全体に関わる問題かもしれない」
「うん。ここで止まっちゃいけない。絶対に、もっと大きな何かに繋がってる」
三人は最後にもう一度石板を振り返り、無言でその姿を胸に刻んだ。
石板は相変わらず沈黙を守り、ただ静かに彼らを見送っている。
語ることはない――けれど、確かにそこには“存在”していた。
* * *
遺跡の奥。崩れた天井の隙間から差し込む光が、長い影を床に落としていた。
その陰に――かすかに、別の“気配”が潜んでいた。
いや、“気配”というよりは、遠くから覗き込むような“視線”。
誰かがそこにいて、三人の背を追いかけているような――。
(……ん?)
リクが不意に足を止め、振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。ただ、風が吹き抜けるだけの静かな空間があるだけ。
「……気のせい、か」
小さく呟き、再び歩みを進める。
だが、その背を見つめる“何か”は――確かに存在していた。
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