第40話:Manakaの微笑み
エリナの目の前に浮かぶ、透き通った女性の像――。
淡いラベンダー色の髪が、まるで水の中で揺れるかのようにふわりと広がっている。
白と水色を基調とした近未来的なスーツに身を包み、透き通るような紫の瞳が、ただ真っ直ぐにエリナを射抜くように見つめていた。
その姿は、まったく知らないはずなのに、なぜか胸の奥に懐かしさを呼び起こす。
優しさに満ちた面差しは、母性のような温もりを湛えていて、エリナの心を一瞬で捕らえた。
「……あなたの名前……どうしてだろう、ふと浮かんできた……」
呟きは震え混じり、声というよりは息のように零れ落ちる。
エリナの口から、意識するより早く言葉が紡がれた。
「XANA: Genesis #3626……Manaka?」
その名を聞いた瞬間、女性――Manakaの表情がわずかに変わる。
驚きと安堵が入り混じったような柔らかな微笑を浮かべ、彼女は静かに頷いた。
確かに「それが自分だ」と伝えるように。
次の瞬間、彼女の唇が動き、何かを語りかけようとする。
しかし――声は、届かない。
空気を震わせる音は一切存在せず、ただ口の形だけが必死に揺れている。
「え……? 聞こえない……? どうして……」
エリナは困惑し、無意識に一歩前へ出る。
Manakaの唇は確かに動いていたが、音は一切存在せず、映像にもノイズが走る。
音のない世界に、ただ必死な表情と揺れる唇だけが映る。
(まるで……幽霊……?)
その言葉が心に浮かんだ瞬間――Manakaの表情がピクリと変わった。
強く首を横に振り、必死に否定する。
怒っているわけではない。ただ「違う」と伝えたくて仕方ないという仕草だった。
「ごめんなさい……違うんだよね……あなたは幽霊なんかじゃない……」
思わず謝るエリナの声に、Manakaの瞳がやわらかく揺れる。
その目元が和らぎ、再び必死に言葉を伝えようとする。
両手を広げ、胸に当て、また差し伸べ……その仕草は何かの意味を持っているのだろう。
だが、映像はさらに乱れ、ノイズが走る。
その輪郭は崩れ、光の粒子にほどけそうになりながらも、Manakaは諦めなかった。
――どうしても伝えたい。
そんな強い想いだけが、確かにエリナには伝わってきた。
しかし……やがて。
無理だと悟ったのか、Manakaの動きが静かに止まる。
そして――最初から知っていたかのように、静かな微笑を浮かべた。
「……Manaka……」
その名をもう一度呼ぶと、彼女はゆっくりと手を伸ばし、エリナの胸元に触れた。
その瞬間、エリナの心臓が大きく跳ねる。
「……?」
何かを囁くように、Manakaは口を動かす。
同時に、熱が胸に走る。
――ジリリリリ……!
金属を擦るような電子音が、鼓膜ではなく脳へ直接突き刺さる。
頭の奥で機械的な声が鳴り響いた。
《Genesisカード Manaka 取得》XANAチェーンに火属性 Lv1付加
突如、頭の中に機械的な声が鳴り響いた。
「……なに、これ……!」
エリナの体に衝撃が走る。
血流とは違う、魔力の新たな奔流が全身を駆け抜ける。
それはこれまで自分が扱ってきた魔力体系とは異なるもの――
XANAチェーンに新しい「属性」が接続された感覚だった。
火属性 Lv1。
それは確かに、自分の中に存在していた。
まるで、ずっと前から眠っていた力が呼び覚まされたかのように。
(わかる……この力……)
エリナが戸惑いに包まれながらも胸の熱を感じていると、Manakaは静かに手を離した。
もう何も語らない。ただ、優しく穏やかな笑みを残すのみ。
その唇が、最後にわずかに動いた。
声はやはり届かない。
けれど――エリナには確かに分かった。
(……さようなら。また、会いましょう)
その言葉が、胸の奥深くに刻まれる。
そして――Manakaの姿は光の粒子となり、風に散るように静かに消えていった。
淡い残光だけを残し、広間には再び重苦しい沈黙が訪れる。
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