第39話:封印の記憶
遺跡の奥を慎重に進んでいた三人の視界が、突如として開けた。
長く狭い通路の先に現れたのは、天井が高く広がる広間だった。
湿った空気が溜まり、わずかに靄のようなものが漂っている。
その中心には、まるで古代の祭壇を思わせる重厚な台座がぽつんと置かれ、上には一枚の石板が静かに鎮座していた。
そこには、幾千年の時を超えて眠り続けてきたかのような、圧倒的な沈黙が漂っていた。
誰の手も届かず、ただ存在そのものが時を刻み続けてきた――そんな重さが、石板の周囲の空気を押し潰しているかのようだった。
「……なんだこれ」
真っ先に台座へ歩み寄ったライアンは、眉をひそめながら石板を覗き込む。
表面はつるりと滑らかで、古代の加工技術では説明できそうにない。
試しに拳で軽く叩いてみると、カン、と甲高い音が響き渡り、空間の静寂に異様に反響した。
「ただの石……か? いや、響き方が妙だな……」
言葉では強がっているが、その声音の端々には、説明のつかない不安が滲んでいた。
リクも歩み寄り、慎重に指先を添えてみる。
冷たく、硬い。ただの石の感触。
それ以上の反応はない。
だが――胸の奥にかすかなざわめきが生じる。
言葉にできぬ不安と、説明のつかない懐かしさが同時に押し寄せてきた。
「……」
彼が言葉を探している間に、エリナが一歩前へ出た。
その視線は吸い寄せられるように石板に釘付けになり、表情が徐々に強張っていく。
「……NFTDuelカード……」
無意識に、その言葉が彼女の唇から零れ落ちた。
「……え?」
ライアンが怪訝そうに振り返る。
「なんだそれ。聞いたこともねぇ単語だ」
その言葉を聞いた瞬間、リクの胸が大きく揺さぶられた。
知らないはずなのに、胸の奥に封じられていた何かが軋むように疼き、思い出せない記憶が扉を叩く。
懐かしさと不安がないまぜになり、心臓の鼓動がやけに耳に響いた。
「NFT……デュエルカード……?」
リクはその言葉を確かめるように口にした。
知らないはずの響きなのに、胸の奥に忘れかけた鼓動が蘇るような感覚が走る。
それは、不安を掻き立てながらも、なぜか懐かしい温もりを伴っていた。
「わからない……どうしてこんな言葉が浮かんだのか……でも、頭の中に“それ”が浮かんだの」
エリナは額に汗を浮かべ、動揺しながらも石板へ手を伸ばした。
――ピカァァァッ!
眩い閃光が一気に広間を満たした。
石板の表面が割れるように走った光は、まるで生き物の血管のように広がり、青白い脈動を放ちながら壁へと駆け上がっていく。
同時に、床全体が低く唸りを上げ、重苦しい振動が足元から全身を突き上げた。
その光景は、遺跡全体が呼吸を始めたかのように錯覚させた。
「うわっ!」
エリナは反射的に手を引く。
リクとライアンが駆け寄ったが、石板はすぐに光を収め、ただの冷たい石へと戻っていった。
安堵が広がろうとした、その瞬間。
「……!」
光が収束した刹那――空間の中央に、ぼんやりと人影が浮かび上がった。
それは瞬きをする間に輪郭を帯び、やがて女性の幻影へと形を成した。
青と白の光沢を持つスーツを纏い、背筋をまっすぐに伸ばし、紫の瞳で真っ直ぐにエリナを見つめる。
その姿は半透明に揺らぎ、まるで古代の記録映像が投影されたかのようだった。
しかし、そこに漂う存在感は幻と片付けるにはあまりにも生々しかった。
「……え? 誰か……いるのか?」
ライアンは剣に手をかけ、周囲を警戒する。
だが彼には何も見えていない。
「リク、おまえにも……見えてる……?」
「いや、何も……エリナ、どうしたんだ?」
リクとライアンの視線には、ただ空虚な闇しか映っていない。
けれど――エリナの瞳だけが、確かにその女性の幻影を捉えていた。
「……あなたは……誰……?」
エリナの震える声に、幻影の女性は答えない。
ただ、静かに微笑むだけだった。
その微笑みはまるで――忘れかけた記憶の扉を、今にも開かせようとしているかのようだった。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」




