第38話:封じられた回廊
色欲の魔人kEROKINGとの死闘が繰り広げられた競技場跡地――。
その激戦によって崩れ落ちた地面の裂け目から、かつて誰も見たことのない“異質な空間”が、ゆっくりとその姿を覗かせていた。
王国の調査隊が夜を徹して瓦礫を片付けた末、ようやく全貌を現したのは、古代遺跡とも地下施設ともつかぬ、不可思議な構造物だった。
だが、それを「遺跡」と呼ぶにはあまりに現代離れしている。むしろ――この世界に存在するはずのないもの、と表現した方が近い。
「……ここが、例の地下構造か」
リク、エリナ、ライアンの三人は、王命を受けて調査へと訪れていた。
ひんやりとした空気がまとわりつき、地上の喧騒が嘘のように消え失せている。
瓦礫の隙間を抜けると、そこには金属質で滑らかな壁が果てしなく続き、柔らかな青白い光が道筋を示すように点々と灯っていた。
「な、なんだここ……」
ライアンが落ち着かない様子で周囲を見回し、声を潜める。
「建物の形が妙すぎる。扉の開き方すら分からねぇし……壁の模様も全部意味不明だ……」
彼にとっては、ただただ不気味で異様な空間だった。
エリナは壁に近づき、青白い光に照らされる紋様を見つめる。
「この空気……明らかにこの世界のものじゃない」
言葉にしながら、微かに眉をひそめる。
リクも黙って歩みを進めながら、口を開いた。
「だけど……どこか懐かしい感じがするんだ。初めて来たはずの場所なのに」
「リク……私も」
エリナが小さく頷く。
「なんていうか……胸が締めつけられる。悲しいような、でも懐かしいような……」
ふたりの間にだけ流れる、不思議な“感覚”。
明確な記憶ではない。だが心の奥底に針のように引っかかる“何か”があった。
一方、ライアンは戸惑いを隠せない。
「お前ら、何言ってんだ? 懐かしいとか、感じたことないぞ。俺にはただの変な地下施設にしか見えねぇ」
「……そうだな。気のせいかもしれない。でも、妙なんだ。俺とエリナだけ、何かを“思い出しかけている気がする”」
リクは壁の青白いラインに指を這わせた。金属であるはずなのに、体温のような温もりが返ってくる。
「知らない場所なのに……まるで昔ここにいたことがあるみたいな感覚だ」
エリナも唇を噛みしめながら頷く。
「胸の奥が痛いの。……忘れていた記憶を無理やり呼び起こされてるみたいで」
(ん?読めないけど文字のようなものが書かれている……FUKUJUN作?)
無機質であるはずの建造物の一角が、まるで“生きている”かのような存在感を放っていた。
「これは……誰が、何のために造ったんだろうな」
ライアンが思わず呟く。
その直後――奥の通路から、微かな音が響いた。
風でもなく、機械の駆動音でもない。
不協和音のように耳障りなノイズ。
その一瞬で、三人は反射的に武器を構えていた。
「今の、聞こえた?」
エリナが息を呑む。
「ああ。……やっぱりただの遺跡じゃねぇな」
ライアンは剣を握り直し、肩をすくめた。
リクは静かに頷き、仲間を見渡す。
「行こう。もう少し奥を確かめてみよう」
青白い光が導く先へ、慎重に足を進める。
一歩進むごとに空気が重くなり、足音が金属に反響して不気味に響く。
壁には、血管のように光が脈打ち、まるで意思を持っているかのように三人を見つめ返していた。
「……リク」
エリナが小さく呼ぶ。
「さっきから、ずっと心臓が早く打ってるの。怖いとか、緊張とかじゃなくて……何かを思い出しそうで」
「俺もだ」
リクは短く答える。
「まるで……ここに来ることを知っていたみたいな、そんな感覚がある」
「おいおい、やめろよ。お前らまで変なこと言うな」
ライアンは笑おうとするが、その顔は強張っていた。
「……俺だけ仲間外れにされてる気分だ。お前らが見てるものを、俺はまったく感じられねぇ」
――不思議な記憶の片鱗が、確かに彼らを呼び覚まそうとしている。
それが何を意味するのか、まだ誰にも分からないまま、三人は遺跡の奥へと足を踏み入れていった。
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