第37話:廃墟の記憶
王都の空は、どこか秋の気配を帯びていた。
戦いを経た街並みはまだ完全には戻っていない。
崩れた石壁は布で覆われ、あちこちに修繕の足場が組まれている。
だが、それでも人々の表情にはわずかな安堵が浮かんでいた。
子どもたちは駆け回り、商人たちは再び店を開き、兵士たちも少しずつ笑顔を取り戻しつつある。
そんな中――リク、エリナ、ライアンの三人は、王城の奥深くにある謁見の間へと呼び出されていた。
石畳を踏みしめるたびに、重厚な空気が胸にのしかかる。廊下には色鮮やかなタペストリーが連なり、兵士たちが整列して彼らの進む先を見守っていた。
扉の前で衛兵が槍を交差させた。深呼吸を一つして、三人は静かに頷き合う。
――ギィィ……。
金色の陽光が差し込む荘厳な空間にて、女王シーユキはいつものように静かに玉座に座っていた。
その隣には、冷徹な眼差しを持つ宰相・とうしが控えている。
「ようこそ、英雄たち」
女王の声は柔らかく、どこか母のような優しさを湛えていた。
「まずは……ありがとう。本当に、よくぞこの国を守ってくれました」
その言葉に、リクは背筋を伸ばし、深々と頭を下げる。
彼らが倒した敵――色欲の魔人エロキングは、王国にとってまさしく魔王に次ぐ脅威だったのだ。
「あなたたちの勇気と献身は、王国全土に伝えました。多くの命が救われ、街は崩壊を免れました。それは、あなたたちの力があってこそです」
エリナの頬がわずかに紅く染まり、ライアンは照れ隠しのように頭を掻いた。
その様子を女王は優しく見つめ、やがて視線を横へと移す。
宰相とうしが一歩前に出た。
「さて……王国として、君たちに褒賞を授ける」
巻物を広げ、淡々と告げる声はいつも通り厳格だったが、どこか誇らしげな響きも混じっていた。
「金貨三百枚、王国全域の通行証、王都ギルドにおける上級依頼資格。そして――王国内部の特命調査任務において、君たちの判断を最優先に尊重する権限を与える」
「えっと……つまり俺たちが勝手に動いてもいいってことですか?」
リクが恐る恐る尋ねると、とうしは短く頷いた。
「……本来であれば王命を仰がねばならぬ任務を、自らの裁量で進められるということだ。それだけ、君たちを信頼している証でもある」
ライアンが思わず口笛を吹きかけ、エリナは目を丸くしてリクの方を見た。
リクは気圧されながらも、静かに頷いた。
「ありがとうございます」
「そして――本題はここからだ」
とうしが巻物を閉じ、広間に緊張が走った。
「エロキングとの戦闘で崩壊した競技場跡地。その地下から、不可解な構造物が発見された」
「不可解な構造物……ですか?」
リクが眉をひそめた。
「見た目は遺跡に近い。しかし、王国の記録にも文献にも類似がない。素材は石とも金属ともつかず、壁一面に不可解な記号が刻まれている」
エリナが息を呑んだ。
「それって……誰が作ったんでしょう」
「分からない。だからこそ、君たちに調査を依頼したい」
リクは視線を落とし、言葉を探す。
だが女王の声がその迷いを優しく断ち切った。
「もちろん、休息を取ってからで構いません。ただ……遺跡は今も微弱ながら魔力の揺らぎを放っているのです。放置すれば、いつ何が起こるか分かりません」
ライアンが苦笑いを浮かべ、肩を竦める。
「やっぱり、そう簡単に休ませてはくれないか」
「でも……行くしかないよね」
エリナの瞳には、不安と決意が入り混じっていた。
リクは深く息を吐き、仲間たちを見渡す。
ライアンもエリナも、迷いなく頷いている。
「……わかりました。俺たちが現地に向かって、確かめます」
女王は静かに微笑んだ。
「頼んだわ。王としてではなく、一人の人間として――あなたたちに、お願いしたいの」
その優しい声音に、リクは思わず小さな笑みを浮かべた。
「……はい」
謁見の間を後にし、三人は新たなる任務の地へと歩み始める。
地下に眠る、正体不明の遺跡へ。
まだ知らぬ記憶の扉が、その先で開かれようとしているとも知らずに――。
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