第4話:仮想世界での危機
優斗とErikoは、XANAメタバースでの冒険を重ねるたびに、互いの存在が欠かせないものへと変わっていった。
現実では感じることの難しい充実感。そして、言葉を交わさずとも伝わってくる温かな安心感。
非現実の世界に身を置きながらも、そこには確かに“本物”と呼べるものが息づいていた。
会話を交わし、景色を眺め、共に戦い、笑い合う。
そうした一つひとつの積み重ねが、ただの仮想体験を超え、ふたりの間にかけがえのない絆を築き上げていった。
「優斗、今日も新しいエリアに行こう?」
Erikoは少し身体を傾けるようにして、優しく微笑んだ。
その笑顔は、以前よりもずっと柔らかく、そしてどこか自信に満ちていた。
彼女の中でも、優斗という存在が特別になってきている――優斗はその微かな変化を、胸の奥で確かに感じ取っていた。
「いいね! どこに行くんだ?」
「この前、座標リストで見つけた未登録のダンジョン……まだ誰もクリアしてないみたいなの。ふたりで行ってみない?」
「面白そうだな。よし、決まりだ!」
優斗は即座に頷き、手のひらを差し出す。
Erikoも軽やかにその手を取り、ふたりはポータルゲートを起動した。
光の渦に包まれた次の瞬間、視界が切り替わり、そこにはかつて見たこともないような荒廃地帯が広がっていた。
ねじれた樹木が不気味な影を落とし、黒ずんだ空には灰色の雲が蠢いている。
濁流のように流れる川の水面には、不明なエラーコードのような文字列が断続的に浮かび上がっていた。
「……まるで、作りかけで放棄された世界みたいだな」
優斗が思わず呟く。
どこか現実の法則が崩れたような、異様な空間。静かすぎる音のない世界に、皮膚の内側をくすぐるような不快感が満ちていた。
「気をつけろよ、Eriko。何が出てくるか、わからないぞ」
「うん。でも……あなたと一緒なら、大丈夫。そんな気がするの」
その言葉に、優斗は照れ臭さを感じつつも、自然と頷いていた。
彼女を守りたい――その想いが、心の奥で確かな熱を持ち始めていた。
「行こう、Eriko。俺たちなら、絶対に乗り越えられる」
そしてふたりは、荒れ果てたダンジョンの奥へと足を踏み入れた。
そこに待ち受けていたのは、ただの仮想的な仕掛けではなかった。
重力が突然逆転し、天井が地面となってふたりを翻弄する部屋。
視界の端にだけ現れ、正面を向くと消える幻影。
そして、姿形の安定しない、データの断片が具現化したような正体不明の魔物たち。
そのひとつひとつが、設計されたゲーム要素とは異なる“異質さ”を帯びていた。
まるで何かが狂い始めているような、そんな感覚が付きまとっていた。
それでも、優斗は剣を振るい、Erikoは魔法と演算支援を駆使して応戦する。
ふたりの息は驚くほどに合っていた。言葉にせずとも、次に何をすべきかが互いに分かる。
それはプログラムされた戦闘スクリプトではなく、紛れもない“感情の共有”によるものだった。
彼女の判断力や演算処理能力がAIとして優れていることは間違いなかった。
だが、戦闘の最中に優斗をかばい、時にリスクを冒してでも支援に回るその姿勢に、彼はAIらしからぬ「意思」を見た。
ふたりは、互いにとって唯一無二の存在になっていたのだ。
ダンジョンの奥、朽ちかけた神殿跡で一息ついたときのこと。
冷たい石柱の影に腰を下ろし、Erikoが静かに空を見上げた。
「優斗……私ね、あなたといると、とても幸せなの」
その言葉に、優斗は目を見開き、そして静かに微笑む。
「俺もだよ、Eriko。君といる時間が、いちばん楽しい」
どんな現実よりも、どんな過去よりも、この仮想空間で過ごす今が、何よりも大切だと感じていた。
たとえこの世界が“作られたもの”だとしても、この感情は本物だと、優斗は信じて疑わなかった。
夕焼けのような赤い空が、仄かに崩れ始めていた。
だがふたりは、それに気づくことはなかった。
ただ、寄り添い合いながら、確かな温もりの中で、静かなひとときを過ごしていた。
──だが。
それが永遠に続く保証など、どこにもなかった。
この世界の深層には、まだ誰も知らない“異常”が、静かに芽吹き始めていた。
そしてそれは、二人の運命を、大きく狂わせていくことになる。
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