第29話:こうたろうの武勇伝
案内された先は、木の温もりが漂う大衆的な居酒屋だった。
暖簾をくぐった瞬間、香ばしい焼き物の匂いと、賑やかな笑い声が一気に押し寄せてくる。油のはぜる音や、湯気の立ちのぼる鍋の匂いが混じり合い、どこか懐かしく心地よい。
リクは、こうたろうと、その連れである「めろぱん」と「neco」に連れられて奥の座敷席へと案内された。四人で囲む卓はすでに酒器とお通しが用意され、すぐにも宴が始められるような雰囲気だった。
「こんなに人が集まってるなんて……色町って、本当に活気があるんですね」
リクは店内をぐるりと見渡し、熱気に満ちた様子に感心を隠せない。隣の席からは盛り上がった歌声が聞こえ、奥の方では賭け事の話に興じる男たちが笑い転げていた。
「当然だろ? この街で遊びを極めたけりゃ、ここに来るしかねぇんだよ」
こうたろうは豪快に笑い、すでに注がれた盃を一息であおった。
「こうちゃん、私たちに美味しいもの、たくさん奢ってくれるんでしょう?」
めろぱんが少し甘えた声を出し、にこりと笑う。
「もちろんだ。今日は景気よくいこうじゃねぇか!」
こうたろうは威勢よく店員を呼び、串焼き、刺身、揚げ物と、次々と注文を重ねていく。
やがて運ばれてきた料理でテーブルは彩り豊かに埋まり、香りと湯気が空腹を刺激した。
「すごい……こんな豪華な食事、久しぶりです」
リクは目を輝かせ、慎重に箸を伸ばす。口に入れた瞬間、肉汁が広がり、思わず表情が緩む。
「お前、そんなに飢えてんのか? もっとしっかり食えよ!」
こうたろうは笑いながら、自分の皿から肉をひょいと移す。
「ありがとうございます。でも、こんなにご馳走していただいていいんですか?」
遠慮がちに尋ねるリクに、こうたろうは鼻で笑った。
「気にすんな。俺が気に入ったヤツには、これぐらいしてやるのが礼儀ってもんだ」
その言葉は豪快でありながら、不思議と温かみがあった。
「こうたろう様って、本当に優しいんだね」
necoが微笑み、めろぱんも満足そうに頷く。
「こうちゃんは男気があるからね。だから人気なんだよ」
リクは、こうたろうの懐の深さと気前の良さに、自然と憧れを抱き始めていた。
酒が進み、場が和やかに温まった頃、こうたろうはふと遠くを見るような目つきになった。
「俺な……昔、ちょっと変わった連中とつるんでた時期があってさ」
「変わった連中?」
リクは興味を引かれて身を乗り出す。
「ああ、あいつらはな……規格外だった。力も性格も、何もかもが桁外れでな。周りから見りゃ、災厄みてぇに思われても仕方ねぇ連中だった」
こうたろうはグラスを揺らし、琥珀色の酒越しに過去を懐かしむような視線を落とす。
「その中で俺は、少しばかり変わり者だったらしい。……いや、俺だけじゃねぇかもな。ああいう中でも、外の世界に興味を持ったヤツは、もしかしたら他にもいたのかもしれねぇ」
「……外と関わるってことですか?」
リクが問い返すと、こうたろうは口角を上げた。
「誰かと繋がるのは面倒も多いが、その分面白ぇことも多いんだよ。生き方ってのは、一つじゃねぇ」
「それで今も、こうして人と一緒にいるんですね」
「まあな。騒がしいのも、案外悪くねぇ」
リクは静かに頷き、自分の胸の内を吐き出した。
「仲間……俺も今、一緒に旅してる仲間がいます」
「へぇ? お前みたいな若ぇヤツが仲間を引き連れて旅してるのか」
「はい。俺たちは魔人を倒すために戦っています。この前は、傲慢の魔人ヴェリスを……なんとか倒すことができました」
「……ヴェリス、ねぇ」
その名が出た瞬間、こうたろうの表情がわずかに曇った。しかし次の瞬間には軽く笑い、あくまで他人事のような口ぶりに戻る。
「何か気になることでも?」
「七つの大罪の名前は有名だからな。派手にやるって噂は、聞いたことがある」
そして、ふっと笑みを深める。
「でも、その七つの大罪の一人を倒したんだろ? そりゃ大したもんだ。お前、やるじゃねぇか」
リクは真剣な眼差しでこうたろうを見つめ、思い切って切り出した。
「こうたろうさん……もしよければ、俺たちに協力してもらえませんか?」
「協力?」
低く響く声とともに、こうたろうの眉がわずかに動く。
「はい。こうたろうさんがただ者じゃないことは、少し話しただけでわかります。力がある……それも相当な。今、俺たちは世界の危機と戦っている。あなたの力が必要なんです」
しばしの沈黙。
こうたろうはグラスを傾けながら微笑んだ。
「なるほどな。若いのに……いい目をしてる」
「読んでくださって本当にありがとうございます。
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