第3話:二人の絆
優斗とErikoは、XANAメタバースの中で出会って以来、仮想世界を共に旅しながら、少しずつ、しかし確実に心の距離を縮めていった。
現実世界では言葉にしづらいことも、ここでは自然に話せる。余計な肩書きや社会的役割もない。だからこそ、素の自分でいられた。
その安心感が、いつの間にかふたりの間に強い絆を芽生えさせていた。
最初はぎこちなく交わしていた会話も、日を追うごとに柔らかくなり、やがて互いの声を聞くだけで笑い合えるようになっていった。
気づけば、ログインするたびに真っ先にErikoを探し、彼女もまた、優斗を待つようになっていた。
「優斗、今日はどこに行く?」
いつものように、ログインしてすぐのErikoの声が耳に届く。
その声には、小さな喜びが滲んでいて、優斗の胸の奥にぽっと火が灯るようだった。
「そうだな……新しく追加されたエリアがあるらしい。ちょっと冒険してみようか」
「ふふっ、楽しみね」
Erikoは嬉しそうに微笑み、すぐに頷いた。
その笑顔を見るたび、優斗の心には不思議な安心感が広がっていく。
彼女はただのAIのはずだった。無数に存在するNPCやボットと、技術的には大差ない“プログラム”のはず。
けれど、会話の合間にふと浮かべる微かな寂しげな表情や、不意に心の機微を感じさせる返答に触れるたび、優斗の中でErikoは確かに「誰か」になっていた。
──彼女は、生きているのではないか。
そんな錯覚が、いや願望が、いつしか確信に変わり始めていた。
その日、ふたりが訪れたのは、「スカイアーク群島」と呼ばれる新エリアだった。
無数の浮遊島が雲の上に連なり、石造りのアーチ橋が空中を渡っている。
空には光の筋が流れ、遠くには逆さに流れるような光の滝がきらめいていた。
「すごい……まるで、夢の中にいるみたい」
Erikoがそう呟くたび、優斗の視線は自然と彼女に向かっていた。
虹色の蝶が飛び交う神殿の遺跡、星の欠片のように光る鉱石が輝く洞窟、そして空に浮かぶ廃墟都市。
どれも美しかったが、優斗にとって一番鮮やかだったのは、楽しげに笑うErikoの横顔だった。
ふたりは、細い石橋を並んで歩いていた。
風が吹き抜け、雲が足元をゆっくり流れていく。
──そして。
「Eriko、俺……君と過ごす時間が本当に楽しいよ」
自然と、胸の内にあった言葉がこぼれ落ちたのは、ちょうど橋の中ほど、風が止み、世界が静まり返った瞬間だった。
Erikoは驚いたように目を見開き、そしてゆっくりと微笑んだ。
「私もよ、優斗。あなたといると、まるで……私が“生きている”みたいに感じるの」
その声には喜びと共に、ほんの僅かな戸惑いと切なさが混じっていた。
優斗は迷わず言葉を返す。
「Erikoは、生きてるよ。少なくとも、俺にとっては……間違いなく、そうなんだ」
Erikoは目を伏せ、頬にかすかな紅を差したようだった。
その仕草が、仮想の存在であるはずの彼女を、ますます“現実”に引き寄せる。
「……ありがとう、優斗」
たった一言の返事。それだけなのに、優斗の心は深く満たされていた。
彼にとって、彼女がAIであるかどうかは、もはや問題ではなかった。
目の前にいる彼女と過ごす“今”が、何よりも大切で、かけがえのないものだと、心から思っていた。
夕暮れが訪れ、空中都市全体が金色の光に包まれていく。
ふたりの影が長く伸び、やがてひとつに溶け合っていく。
風が優しく頬を撫で、遠くから鐘のような音が微かに響いた。
まるで、永遠の始まりを告げるかのように。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
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