第20話:傲慢を断つ刃
ヴェリスは余裕の笑みを浮かべながら、手のひらに再び黒い光を集束させた。
「所詮この程度か……。情動で立ち上がり、幻想に希望を託す。人間とは、まったく滑稽なものだな」
リクはボロボロの身体を引きずりながら、重たい足取りで進み出る。
その手には、なおもしっかりと剣が握られていた。
「お前が……らふくまを……街を……俺たちの大切なものを踏みにじった。そのツケは、きっちり払ってもらう!」
怒りのこもった声を上げると同時に、リクは地を蹴った。
ヴェリスの死角に飛び込み、全身の力を剣に込めて――斬りつける。
「な……っ!?」
黒い血が宙を舞った。
ヴェリスの胸元に、深く鋭い一閃が刻まれる。
「が……っ!?」
思わず後退したヴェリスは、背を丸めて呻き声を漏らす。
その目には、これまで見せたことのない“焦り”が浮かんでいた。
「なぜ……この私が……!」
リクは膝をつきながらも、剣を地面に突き立てて立ち上がる。
「お前が……俺たちを“終わった”と見下したからだ。それが、お前の“傲慢”だったんだよ」
「ふざけるなああああッ!!」
ヴェリスの怒号とともに、魔力が爆発する。
黒い光が身体から噴き出し、大地を砕くように広がった。
「この私が……“傲慢”を司るこの私が……貴様らごときに……負けるものかぁああああッ!!」
闇の奔流が地面を抉りながら、リクを飲み込もうと迫る。
「リク!!」
エリナの悲鳴が響く。
だが、リクは退かない。
吹き飛ばされ、地面を転がりながらも、どうにか体勢を立て直した。
「ぐっ……あの一撃だけじゃ……倒しきれなかったか……!」
そのとき、倒れていたライアンが呻きながら身を起こす。
「クソッ……あの攻撃……なんだったんだ……まるで……別人じゃねぇか……」
ヴェリスの魔力は明らかに不安定だった。
たった一撃――あの致命的な斬撃が、ヴェリスの体を崩壊に導いていた。
それでも、ヴェリスは止まらない。
「この身体が壊れようとも……貴様を道連れにしてやる……!」
咆哮とともに、ヴェリスがリクに向かって突進する。
その動きは獣のように鋭く、殺意に満ちていた。
「……来いよ」
リクは静かに、しかし揺るがぬ覚悟で剣を構え直す。
そして――剣と拳が、火花を散らしてぶつかり合った。
黒い光がリクの頬を裂き、リクの剣がヴェリスの肩を貫く。
「ぐっ……!」
「はあああああッ!!」
リクの剣が再び唸りを上げ、刃が肉を断つ感触が伝わる。
だがヴェリスも拳を叩きつけた。
その拳がリクの腹部に直撃し、彼の体が大きく吹き飛ばされる。
「リクッ!!」
リクは地面を転がりながらも、歯を食いしばって再び立ち上がる。
何度倒れようと――立ち上がる意志だけは折れない。
「お前が……どれだけ力を持っていようと……俺は、止まらない!」
「なぜだあああッ!!」
ヴェリスが雄叫びとともに、最後の黒き魔力を収束させる。
だが、その両肩の黒い翼は、すでに不安定に揺れていた。
「くっ……! 体が……!」
「もう手遅れだ。さっきの一撃で……お前の体は崩れ始めてる」
「小癪な……!!」
ヴェリスが叫ぶ。そして――
リクの剣が、ヴェリスの胸に深々と突き刺さった。
「ぐ……あ……」
膝をつき、そのままヴェリスは崩れ落ちる。
身体から立ち上る黒煙が、空へと溶けていった。
「……まぐれだ……」
ヴェリスがかすれた声で呟く。
「貴様ごときが……この私に勝てたなどと……誰も信じぬ……」
リクは静かに見下ろしながら、冷静に言い放つ。
「信じてもらわなくていい。これは現実だ。お前は――負けたんだよ」
「……クク……クハハ……だがな……我を倒したところで……何も終わらぬぞ……」
リクの眉が僅かに動く。
「“七つの大罪”は……この私だけではない……貴様ら人間を……“終焉”へ導く者たち……」
「……他にもいるのか」
「“嫉妬”……“色欲”……“憤怒”……それぞれが領域を持ち……すでに動き出している……」
「……!」
黒い炎のような光が、ヴェリスの全身を包み込む。
「楽しみにしておけ……今のようなまぐれは、二度とは起きん……」
それが、ヴェリスの最後の言葉だった。
その肉体は音もなく崩れ、塵となって空に消えていく。
* * *
魔人の死と同時に、スタンピードによって統率されていた魔物たちは、一斉に動きを止めた。
呻くような声を上げながら、魔物たちは森の奥へと散り、姿を消していく。
まるで――嵐の終わりのように。
* * *
フェルダンの街では、瓦礫の中から人々がゆっくりと顔を上げ始めていた。
「……魔物が……止まった……?」
「……助かったのか……?」
* * *
「リク!!」
エリナが駆け寄り、倒れ込んだリクを抱きかかえる。
「リク、お願い……返事して……!」
リクの唇が、かすかに動いた。
「……よかった……街が……守れた……」
「うん……うん、そうだよ……守れたよ……!」
ライアンもふらつきながら立ち上がり、リクのもとへと近づいてくる。
「お前……最後までカッコつけやがって……。俺の“盾になる”って台詞、全部持っていきやがって……」
「……はは……気絶してたし……な……」
ライアンは苦笑し、ぼそりと返す。
「……ちくしょう、皮肉で言ったのに……反論できねぇのが一番ムカつくわ……」
(やっぱり俺……若手ホープって言われて、天狗になってたのかもな……)
笑い声と、涙と、安堵。
フェルダンの空には、ようやく静かな朝が戻っていた。
* * *
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