第18話:刃の届かぬ戦場
リクの剣が――まるで空気を斬っているかのように、虚しく宙を裂いた。
「……またかよっ……!」
握り締めた刃は確かに振るわれたはずだった。しかしその一撃は、まるで幻を斬るかのように、まったく手応えを残すことなく、ヴェリスの身体をすり抜けていった。
その刹那、すかさず横から飛び込んだライアンの大剣が振り下ろされる。だが、ヴェリスはそれに目すらくれず、ただ片手で軽く弾くだけで軌道を逸らし、全てを無効化した。
「ちっ……冗談じゃねぇ……!」
ライアンは息を荒げながら後退し、ついに地面に片膝をついた。
呼吸は乱れ、視界が霞む。握力も、足腰の力も抜け落ち、もはや立つことすら困難だった。
「愚か者ども……その程度で、この私に挑むとはな。滑稽を通り越して哀れだ」
ヴェリスは一歩も動かぬまま、宙に静かに浮かんでいた。
その佇まいは、まるで神をも騙るかのような威圧感に満ち、絶対的な力を持つ存在であることを否応なく示していた。
* * *
フェルダンの街――。
かつて穏やかな時間が流れていたその地は、もはや“防衛”という言葉すら虚しく響く廃墟と化していた。
崩れ落ちた石の城壁。黒煙を上げる家々。
あちこちに血と炎の気配が残り、逃げ惑う人々の悲鳴と、魔物たちの咆哮が混ざり合って地獄の合唱を奏でている。
「うわあああああ!!」
「火だ! 火を持ってこい、奴らを焼き払え!」
「誰か、誰かあの怪物を止めてくれぇぇ!」
冒険者たちが必死に応戦するも、次から次へと押し寄せる魔物の群れに追い詰められていく。
一部の住民は地下道や倉庫へと避難していたが、そこにまで迫る魔の手を完全には防ぎきれていなかった。
そんな中、リクたちの戦場だけが――まるで別世界のように、異様な静寂に包まれていた。
* * *
「はぁ……っ、はぁ……っ」
リクは全身から流れる汗で前髪が張り付き、視界が滲むのを振り払った。
なんとか剣を握り直すが、腕は鉛のように重く、脚は地面に縫い付けられたかのように動かない。
身体が、自分のものではないような感覚。
その隣では、ライアンが肩で荒く息を吐きながら、既に意識が飛びかけていた。
「俺は……まだ……」
そう呟いた直後、ライアンの体ががくりと崩れ落ちた。
「……ライアンさん!? ……ライアン!!」
リクは駆け寄ろうとするが、自分自身もまた膝をつき、手をつき、這うようにして動くのがやっとだった。
疲労。焦燥。恐怖。すべてが心と身体を削っていく。
「見せてもらったぞ……貴様らの、せいぜいの“悪あがき”というやつをな」
ヴェリスはゆっくりと右手を掲げた。
その掌に、これまでとは比べものにならないほど濃密で禍々しい黒光が集まり始める。
空間が軋む。重力さえ歪むような気配。
「さて……少々遊びすぎたな。では、そろそろ“始末”といこうか」
その冷たい声音に、リクの背筋が凍りつく。
「誰を……誰を狙って――」
問いかけるまでもなかった。
ヴェリスの瞳は、迷いなく、ただ一人に向けられていた。
――エリナ。
「……まさか……エリナ……っ!?」
リクは震える手で剣を握り、なんとか体を起こそうとする。だが、腕が痙攣するばかりで、体は思うように動かない。
「やめろおおおおおおおおおおッ!!」
喉が裂けるような絶叫が、空へと響き渡った。
だが、その咆哮すらも、ヴェリスの心には一片の影響も与えなかった。
「動くな。貴様はすでに“価値”を失った」
ヴェリスは無機質な声で言い放ち、そのまま手を大きく振りかぶる。
その先には、立ち尽くすエリナの姿があった。
彼女は微動だにせず、ヴェリスの手元をただ静かに見つめていた。
(……ああ)
(……わたし……なの……?)
魔力も尽き、体力も尽き、心までもが折れかけていた。
光の壁を張るどころか、声すら出せず、足も動かない。
何もできない――死が、確実に迫ってくる。
(……リク……助けて……)
胸の奥から微かに浮かんだ想いは、言葉になる前に空へと溶けていく。
そして――。
ヴェリスの手が振り下ろされる。
漆黒の魔力が、光の矢のごとく凝縮され、一条の黒閃となってエリナを貫かんと放たれた。
* * *
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